第九話「絶望の夜に降る星は」



忍人は考えていた。



『大いなる選択の星取夜、この世界を救いたくば、龍神の神子を殺めるのです、葛城忍人』



あのエイカの、嘘を言っているようには聞こえない真剣な声と言葉を。
何故彼がそう言ったのか―――万に一つ、騙されたつもりになって演繹をしてみても、目的はやはり暗殺を誘導しているようにしか思え なかった。元々彼女は、一体風早からどういう教育をされてきたのか―――いや想像もしたくないが―――仲間に入れた者全ては 裏切らないと考える性質らしく、疑うことなど嫌だと頑なに言う。
かつての自分にも、そういう時期があったことは確かで、そうであれば一番良いと思う。だが、現実は厳しく信念の元に、どんなに信用 していたとしても手のひらを返される。表面上ではどのような高尚な人物であろうが、腹の中身まではわかったものではない。

人―――人の世とは、そんなものだ。

だから、裏切られても決して御されることのないようにと力を求めた。


「みんなごめんね、心配かけちゃって」

「本当、どこほっつき歩いてるんだかわかったもんじゃないな。もういっそ帰ってこなかったほうがせいせいするよ」

「まぁまぁ、那岐はんたら。・・・ちゃん、那岐はんがここまで怒るってことは、ほんに気にかかってたんよ。
 この船の中でいつもなら昼寝決め込んでるのに、何回も何回も廊下うろうろなりはって・・・それはそれはもう大変だったんよ?」

「そうそう・・・。俺も、一刻のうちに何度の状況を訊かれたかわかりませんよ」

「・・・っ!風早!」

「へぇ、那岐が?・・・ふふ、ありがと」

「どうしてそういう解釈になるんだ・・・!」

しかし、こうしてみていると、やはり彼女は将来有害なものにはなり得そうにない。仮に、エイカが言ったことが本当になるのだと したら、彼女はこの中つ国にとって有害な存在になるとしか考えられなかった。
普段から行動を共にしている仲間には勿論のこと、あまり話す機会のない兵にまで心の底から心配されている彼女が。それにまず、王たる 資質がほとんど無い彼女がこの国の行く末を左右する存在になるとも思えない。それに、何故常世のことを何よりも憂う彼が中つ国を 守るために助言するのかも分からないし、彼女を手にかけることが何故「慈悲」になるのかも分からない。

「―――・・・・・・」

いや、なにを考えているんだ。
あれは夢ではないか、ばかばかしい。


そう、あれは夢だったのだ―――・・・。


最近ろくに寝ていないのも起因するのだろう、と自分を無理やり納得させて、忍人はまた軍議に意識を集中させるのだった。






<「再臨詔」第9話「絶望の夜に降る星は」>



はあの数奇なめぐり合わせの後、再び意識を失って倒れたらしい。ただ、今度は「あのような」最悪な土地ではなく、この天鳥船が 停泊しているこの地―――筑紫だったが。全く今日はついているのかついていないのか分からないが、とりあえず今度は恵まれたようで、 倒れていたのを偶然中つ国の残党に救われた。
草むらのなかにまるで人形のように眠っていた彼女を助けた者の名は布都彦といい、彼の上官は大伴道臣という。ここら一帯の常世の国 に抗う反乱軍をまとめているらしい。今はもうすでに亡き存在だと思っていた中つ国の姫が目の前に現れたことに彼らは驚きに目を丸く していたが、彼女が仲間とこの深い霧の中で奇しくもはぐれてしまったことを説明すると、彼らは疑いもせずに快く助けてくれて、無事 天鳥船まで護衛してくれた。

帰還早々彼らが怪しい人物ではないことをどうやって皆に説得したらいいものかと胃をきりきりさせていただったが、受け答えの 様子をみているどうやら彼らは風早と初対面ではないらしい。まぁ、中つ国の重鎮とその仲間であれば旧知の仲であることも考えられなく も無いが、とにかく訊いてみると、やはり彼らはかつてこの中つ国を風早達とともに守っていた人物だったらしかった。
「だった」というのは紛れも無く、志は同じであろうと別行動をしているからであってなにも叛乱しただとか、裏切り者だとかいうわけ ではない。
久しぶりの再会に、この戦場下という緊張した空気が少しばかり和んだ気がして、はあの数奇な霧とめぐり合わせも悪くは無かったのかな、とひとりごちる。さあ、いよいよ再会を祝ってささやかな宴を持ち かけようかとしたときだった。突然、道臣が真撃な表情で をきりり、と見つめてきた。

「・・・実際のところお聞きしたい」

先ほどまで穏やかに話していた道臣の優しげな瞳はどこまでも透明に澄んで、の双眸をまるで真贋を見極めるかのように鋭かった。

「あなた方は、常世の国に勝てるとお思いなのでしょうか?」

静かには己の胸に問いかける。
確かに敵は強い―――高千穂はなんとか暴君故の浅はかさにつけこんで奪還できたものの、やはりあの軍力と現状のこちらの軍力では 雲泥の差かもしれない。おまけに、土雷だけでなく歴戦の強豪達がまだまだ残っているのだ。勢力を増してゆけば嫌でも彼ら は動き、危険因子である自分達を一斉に征伐しに来ることは目に見えていた。
だが、はこうも思う。土雷邸での戦の手ごたえは、確かに十分あった。最初は明らかな暴挙に怯え、耐えるしかなかった民の暮らし を少しでも和らげてあげたいの一心でだったが、あの戦いではいつの間にか彼らを救いたいという明確な意思に変わった。また、それに 呼応するかのようにして兵は次第に加わり、時には彼らに何故か逆に感謝されることすらあった。自分に王の資質があるのかどうかなど まだまだ分からないし、考えたところで相対的に判断されるものだろうから無意味なのだが、皆を率いて困難に立ち向かい、目的を 果たせた達成感はまだこの手の中に鮮やかに残っている。

・・・現状では無理かもしれない。だが、地道に力を付けていけばいつか彼らをも破れるかもしれない。いつか雨水が岩石を穿つ時が 来るように。苦しい戦いの長丁場になることは避けられないことはわかっているが、それくらいの覚悟はここにいる皆はもうできている。
道臣の瞳から目をそらさずにそう応えれば、風早が力強くひとつ、頷いた。


しかしの言葉も虚しく、彼の瞳は何かに落胆したかのように逆に翳ってしまう。

「姫がそのようにお考えとは・・・正直、意外でした。
 私は、常世の国の勝てるとは思いません。かの国との戦力差はあまりにも大きい。負けるとわかっている戦など・・・意味がない」

「なんだと、お前っ!」

高い声が楼台に響き、驚きに目を丸くすれば足往が道臣の胸元を掴み上げていた。

「おいらたちの戦いが無駄だっていうのか!!」

「足往!!」

が叫び制止に入ろうとするのと同時に道臣の傍で控えていた布都彦が叫び、一歩踏み出す。一方胸元を締め上げられた道臣は 苦渋の表情で足往の拳を片手で振り払おうとする。しかし、足往の洗練された力には叶わず、ぴくりともしない。しかし、再度呼びかけ られた彼はしぶしぶと手の力を弱め、離す瞬間突き飛ばすかのようにして道臣を解放した。

行き場の無くなった力を抑えることが出来ないのか、ふらつきよろめく彼の傍に駆け寄ると、きらりと光るなにかがの目に入った。

「・・・・・・ん?」

それは同時に那岐の目にも留まったようだ。何か興味深いものを見つけたというような表情を浮かべながら床に落ちていたそれを拾い上げ 光にかざしてみる。天から射す陽光はその宝玉を貫き、濃厚な蒼の光を透過させていて、周りはなにやら良く意味の分からない言葉が 彫り刻まれていて、何か高級な宝珠のような気がした。
なにかを皮肉るように口角をあげ、じっと眺める那岐の横顔を見て、道臣は何故か顔を焦りに歪ませる。

「これ、三環鈴だね。ずいぶん、珍しいもの持ってるんだな、あんた」

「那岐、それが何なのか知ってるの?」

「ああ、昔、聞いたことがある」

「・・・・・・っ」

「持っている者一人を瞬時に別の場所に導く太古の鬼道の品だよ。ま、導くといっても、移動先の指定はできないらしい。『どうしても今すぐこの場所から逃げだしたい』・・・なんて時でもなければ、たいして役に立つものじゃないだろうね」


そうなんだ・・・と意外な那岐の博識とこの鬼道の品の使い道に感心しながら、その存在を確認するかのように宝玉をじっと見つめる。
すると、あることに気が付く。黄金を反射する三つあるうちの一つの鈴にひびが入っていたのだった。もしかして、先ほどもみあいに なった時に落として割れてしまったのではないか。それだったら貴重なものそうだし、しかも大事そうに抱えていたものだから弁償に 一体いくらかかるんだろう。頭のなかで急激に色々な心配事が嵐のように駆け巡り思考停止するを尻目に、軽くため息をついた 那岐は妙に明るく言った。鬼道の品はそんなに柔ではないらしい。特殊な呪文と気のこめられた一級品のため、役目を果たす以外で 壊れることはないのだ、と。
つまり、彼の言葉をまとめれば、この鈴はもう既に役目を果たしたものだと考えられる。だとしたら―――・・・?

まさか、と思い当たったとき、今まで目の前の道臣を睨むようにして見上げていた足往の導火線に再び火がつく。

「ははぁん、わかったぞ。
 お前、それ使って、敵から逃げたんだろ」

「・・・・・・っ!」

端整な道臣の顔が歪み、びくりと震えた肩にかかる薄紫色の髪は大げさに揺れた。

「図星みたいだな」

「・・・・・・」

「・・・逃げたんだな。自分一人だけ・・・仲間を残して・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「こんな奴がいるから、中つ国は・・・っ!」

「はいはい、そこまでにしましょう」

ぱんぱん、と手を叩く乾いた音が緊張に張り詰めた空気を一瞬ほぐした。続けて、逃げることは完全悪とはいえないし、命あっての物種 ですしね、と苦笑する風早ののんびりとした声が皆の視線を和らげて一同は胸をなでおろす。が、どうやら足往には逆効果で、神経を 逆撫でしてしまったようだ。彼は一旦火がついてしまうとどうも止まらない性格らしい。それも若さ故か、とどこかのんびり構える 風早の遠い目が、また更に彼を炎上させてしまったようだ。

しかし先ほどに二度も注意をされている足往はまた暴力をふるうことは出来ず、そのかわりにやり場の無い力を発散させるかのように してぎりり、と拳を血が出るくらいまでに強く固く握って小刻みに震わせて。

「命あっての・・・なんだそれ? 話はまだ終わってない!」

もう我慢出来ないといったように今度は風早の方向に向き直り、とうとう足を踏み出す。ちょっと待ってください、と宥めるように 身構える風早。
しかし制止も虚しくお構いなしにずかずかと進み、ついに手を上げようとした時だった。

「足往、そのへんにしておけ」

「忍人さま、でも・・・」

「・・・・・・」

まるでその眼光で人一人を射殺せるのではないかといった無言の圧力で、忍人は取り乱す足往を嗜める。と、さすがに敬愛する上官に 冷や水を浴びせられて我に返ったのか、もう足往が誰かに食いかかることはそれきりなくなった。
ようやくおさまった騒動。しんとなった、気まずい空気を押し破るようにして風早が至極マイペースに話を続けようと道臣に、この 筑紫の霧のことについて尋ねる。その様子をみれば風早はなんとも空気を読めない人間なのだとは心底感心してしまう。先ほど 激昂する足往に胸倉を掴まれそうになったのに、もうこれだ。だが、この状況ではかえってそれが救いになる。心の中で感謝しつつ、 は道臣の言葉に耳を傾けた。

すると、彼いわくこの霧は昔からあったものではないという。丁度、中つ国が滅び、常世の国が支配を始めた頃くらいからじょじょに 増え始めていったのだとか。
高千穂でもそうだったが、抑圧された魂からは荒魂が生まれ、恵を食い荒らし、大地を穢す。道臣の言ったことが正しいとするならば、 この地も常世の支配におかれて恵が減少してしまったのではないか。何故この筑紫までもが穢される運命にあるのかは分からないが とにかくこの霧にはなにか異常な気配を感じた。帰ってきたサザキに訊けばまだこの船の主は一向に動くそぶりを見せないらしいし、 はこの地と異常気象の原因を探ることにしてみることにする。


***

情報収集を開始したたち一向は、まずは近くにある村に行ってみることにした。
この見ているようで体力を奪われるような霧。肌に張り付く衣服の気持ち悪さもあいまって、もう幾程歩いたかと途方にくれてしまう。
せめて気分転換に、とは天を見上げるが空は勿論の如く霧に紛れてしまってやる気の無い日光がぼんやりと照っているだけだ。
大きなため息をつきながら視線を元に戻すと、ほのかに人影が見える。確か近くには風早がいたはずだが、服の色から判断すれば 彼ではないことは容易に分かる。誰だと思って小走りで近づいてみると、そこにいたのは。


「あ、忍人さん」

「なんだ、君か。・・・この霧は得体が知れない。危ないから下がっていろ」

相変わらずとりつくしまもない。しかしだからといってすごすご下がるでもない。それに、訊きたいことと言いたいことが あったのだ。
はしばらく間をおいて、おずおずと尋ねる。


「体調はもう大丈夫ですか? 今朝まで臥せってたんですから、あまり無理しないでくださいね」

「心配には及ばない。それよりも、自分の身の安全の心配をしたらどうなんだ」

敵はどこから君を狙ってくるかは分からないのだから、と矢継ぎ早にぴしゃりと言い返されてしまう。
すこし間をあけて後ろからついていって、は先ほどの風早のように空気を破るようにして、

「・・・ありがとうございました」

にっこりと微笑む。
前を歩く忍人には見えないだろうが、それでもよかった。

「なんの話だ?」

「足往のこと、止めてくれて助かりました」

「俺の部下の不始末だ。君に礼を言われるようなことじゃない」

・・・まぁ、たしかに正論といえばそれまでなのだが。しかしこうも会話のキャッチボールを受け止められてしまっては何の収穫もない。 あの堅庭での一件以来、これといって彼とゆっくり話したこともなかったから、もうすこしくらい彼との理解を深めたくて。
話題を変えてみることにする。

「でも、驚きました。足往があんなに道臣さんに反発するなんて」

「・・・敵を前に逃げた男だ。許せるはずもないさ」

えっ?と素っ頓狂な声を上げるをよそ目に、忍人は声音を皮肉に歪ませる。

「道臣殿までそんな振る舞いをしていたとはな。あいつが糾弾しなければ、俺がやっていたかもしれん」

「そんな・・・・・・」

折角、大人な忍人を評価しようとしていたところだったのに、思っていたところはあの足往と同じだったとは。
一件冷静沈着にみえる彼だが、内に秘めているものは足往並に熱いものがあるらしい。
しかし、そうなると困ってしまう。兵士の数は増えているというものの、まだこの軍の統率はしっかりと行き届いているわけでもない。
特に今まで剣や槍を握ったこともない兵士の志願もあったものだから、非常に不安定だ。そんな危険な状況のなかで仲間割れなどしている 場合ではないのに。

「道臣さんにもきっとなにか事情があったんですよ」

ははは、とまるで風早になりきったかのようなのんびりとした柔らかな声で諭そうとするが、

「どんな事情だろうと味方を捨てて逃げ出す将など最低だ」

通じるはずもなく。しかし、その時ふとかげりを見せた声の変化に、は眉根を寄せた。

「味方を滅ぼすのは、敵とは限らない」

どこか痛みと哀愁を含んだ音で―――思わず聞き返してしまう。

「五年前の戦、道臣殿の他にも、逃げた将がいるのを知っているか」



  師君や那岐の師と並ぶ四道将軍のひとり、中つ国の重鎮だ。
  その将が率いていた軍は、狗奴以外、ほぼ全員が命を落とした。・・・


は、忍人の口から苦々しく語られる過去に、耳を傾けた。
逃げるわけでもなく、しっかりと事実を受け止めるために、瞳を忍人の背からそらさず、まっすぐに見据えて。





皆、王の鎮座に胡坐をかいていたのだ。―――五年前の、橿原宮が落ちる時まで。
橿原宮急襲の際、初陣の緊張と笑われ、念のためにと派兵された忍人はエイカという裏切り者の土蜘蛛によって窮地に立たされた。
急襲に平和惚けしていた兵たちは使い物にならず、皆を武勲でまとめる将軍のうちにはおめおめと逃げ出す者もいたのだ。戦って 命を落とすのは軍に入って間もない兵士たちや少年兵。宮下にいた何の関係のない民々は老人、女、子供関係なく殺戮され、宮にいた 采女や官吏たちは彼らを守る盾である兵士すらいなくなり、なすすべもなく葬られた。

橿原が燃えるのを目にしてすぐさまにでも駆けつけたかったが、エイカによってそれも阻まれる。なんとか命からがら戦いを切り抜け 生き延びた先に目にしたのは王宮が焼ける様。

恐ろしく煌く炎により、きらびやか「だった」金属は溶け、宮を支えていた木材はむき出しになって赤く燃えている。あたりには黒煙が たちこめ、急激にあたりの酸素を薄くしていった。



兵は民や、そしてなによりも要人を守るために、存在(い)るのだ。



普段はくぐることを許されない王宮の門の外で、ただただ脳の中で叫んでいた言葉は、





    逃げろ――――――





誰に対するものかも分からない、その言葉だけで。


だが呆然と立ち尽くす暇さえ与えられず、忍人は刀を手に取る。
莫大な喪失感と絶望感、敵に対するもの、仲間に対するもの、―――そして何よりも、自分の弱さに対するもの。
様々な怒りと破壊に身を任せ、次々に退路を邪魔する人間を鬼神の如き振る舞いで斬り倒してゆく。彼が立ち去る後には大きな血の川が できた。

しかし、次第にそこには彼の軍の血も混じってくる。目の前の敵を斬りたいだけなのに、腕に疲労が溜まり、腕力がなくなってくる。
それでも刀を休めてはいけないからと、己の衣を破って柄と手を結わえてまで死闘した。


   俺は、あの将たちとは違う。  俺は、仲間を見捨てたりなどせぬ。  必ず、守ってみせる。


そう、強く思っているのに。


刀が血泥に塗れ刃先は幾度となく骨を断ち切ったものだから切れ味が悪くなり、なかなか肉から抜けない。そしてそこに隙が生まれた 忍人を庇って、また多くの仲間たちが儚い命を散らしていった。
全ての兵には夢があり、忍人はなによりもその夢を叶えてやりたかった。ある者は妻子待つ国元へ凱旋する夢、ある者は放浪の旅をし、 きままに暮らす夢、ある者はこの国のために勉学に励みたいという夢―――それぞれが、尊い夢をもっていたのに・・・。
彼らは忍人を守って死んでいった。夢を彼に託して。
自分には、そんな権利や資格はないというのにと自分自身を責めない時はなかった。


   全ては、己が弱いため。
   全ては、己の失態が原因。


あの将などとは違う、仲間全員守ってみせるなどと綺麗事をならべてみても、後ろを振り向けば骸の山ではないか。この骨に空想の皮膚 をかぶせると、先日まで朗らかに笑っていた仲間の顔一つ一つが浮かび上がって忍人をどうしようもなく慟哭させた。




   仲間を守るといっておきながら、結局は俺だけが守られているではないか。
   守られるべきは俺ではない。
   要人―――王の眷属だけだというのに、何故、俺が、生き延びて・・・。



最早身体は刀と一体となり、人の汗と血と武器の鉄の匂いや火薬の匂いで失望に頭が飽和しかけながら獣のように這ってまで人を殺めた。
そして、気が付けば高千穂へ、わずかな兵を連れて逃げ延びていたのだ。







   ああ、何故、何故、俺が生き残ってしまったんだ―――。







気付けば何回目かの夜も規則正しく暮れ、まるで彼らの魂が天へ帰るかのような流星群の雨を虚ろな眼に焼付け、忍人はただ己の無力さを 嘆くしかなかったのだった。













あらかた話しをして、忍人は己の胸のうちに黒く淀んだなにかを押し返すかのように、ひとつ大きなため息をついた。


「村から徴兵した兵が戦を恐れ逃げるのはよくあることだ。将も、不利な戦場ならば退くべき時もあるだろう。だが・・・」

「・・・・・・」

「多くの命を預かる者が保身のために、ひとり逃げることは許されない」

「だから、足往はあんなに怒ったんですね。もう使われた三環鈴を見て」

ふと、先ほど疑問に思っていたことがの頭を過る。確かに敵前逃亡は卑怯極まりない行為だけれど、何故あそこまで血が上る のかはわからなかったのだ。風早や那岐に訊いたものなら『若いからだ』と言われるだけに決まっていただろう。
だが、忍人の真撃な話を聞いた今なら分かる。

「仲間も何もかも残して、たった一人で逃げたんだろうって・・・」

の疑問に応えるかのように、またひとつ、深いため息が洩れた。

「ああ。・・・道臣殿も、古くから中つ国に仕える高位の血筋の人物。宮にいた者をまとめる義務があったはずだ・・・一人でも多くの者が逃れられるように」

そこまで話して、忍人はまたいつもの調子に戻る。腰に挿してある二つの刀を鞘に挿しなおして、きりりと前をむいて歩き出すのだ。

「とはいえ、今は、道臣殿の砦の兵力が必要だ。足往にもよく言い含めておく」

「・・・・・・」

あんなに辛そうな顔をしていたのに、横顔を覗いてみればもういつも通りの忍人になっている。忍人の目の前をいつの間にか、先ほどまで の後ろを歩いていた遠夜が歩いていて、忍人は眉間にしわを寄せた。


「・・・・・・無駄な話をしすぎたな。失礼する」


そして、足早に彼に追いつこうと行ってしまう。





だが、は皆に聞こえてしまうのではないかというくらい大きな声で忍人の背に叫んだ。


「待って、忍人さん!」


「・・・・・・」


「私は、忍人さんも道臣さんも生きていてくれてうれしいですっ!」


「・・・・・・!」






   『ああ、何故、何故、俺が生き残ってしまったんだ―――。』






絶望の流星が忍人の脳裏に流れる。
力もろくにないのに大それた希望を持って仲間の命を悪戯に散らしてしまった自分を―――・・・




「たとえ、戦場から逃げ出したんだとしても、責めたくない」




責めないというのだろうか?




「道臣さんがいてくれたからたくさんの仲間が集まったし・・・。忍人さんの破魂刀で助かった人もいるでしょう? 忍人さんは前、堅庭で話した時、破魂刀はただ人を殺めるものでそれ以上でも以下でもないようなことを言っていましたけど、破魂刀はきっと、忍人さんや私たちや仲間のこと、守ってくれていますよ」

「・・・・・・?」


ふと、忍人の顔が曇る。


「・・・? どうしたんですか? 私、何か変なこと言いました?」

「いや・・・・・・」


何かを思い出すようにして忍人はたちどまり、押し黙る。そして、確か・・・と口を開いた。


「破魂刀はただの武器で、それ以上でも以下でもない・・・などと言った覚えはないんだが」

「え・・・っ?」


いや、言った覚えは無い、と忍人はもう一度念を押した。おかしい、の記憶ではたしかにあのとき―――鳴動する 破魂刀を見て、自分のもつ天鹿児弓と同じ類の不思議な音をすることに対して共通点を発見し、自分にとってこの弓は姉様から 戴いた大切なものだから、彼の持つ破魂刀もきっと大切なものなのだろうと思って尋ねたら、おもいきり否定されておまけに何故か 怒られた覚えがある。


「おかしいな・・・」

「・・・・・・」


頬を掻いて首をひねると流れる気まずい沈黙。それを破ったのは忍人だった。


「ともかく・・・。・・・・・・あの時はまだ破魂刀は目覚めていない」

「え・・・・・?」

「そんな力があれば――――――」










『部下を死なせずにすんださ』





ぽつりとそう呟き、今度こそ去る忍人。
はもう呼びかけることは無かった。

ただ、最後の言葉を口にした時の忍人の顔があまりにも哀しそうで―――・・・何も言うことが出来なかった。


「忍人さん・・・・・・」


皆、一体どれだけの傷を抱えているのだろう。
忍人だけではない。五年前に仕えていた仲間や生き残った民々は―――あの戦で、どれだけの傷を、心に負ってしまったのだろう。

それを思うと仕方が無いとはいえ、己の無知を恥じるしかなかった。五年前、皆が必死になって戦っているなかで自分はのうのうと 別世界に逃れて生きてきて、あまつさえその事さえ忘れて今更になってこの世界に戻ってくるなんて。

今まで好意的に接してきてくれた兵の顔を思い浮かべると、今すぐにでも謝りたい衝動にかられてしまう。だが、今の彼女にそれは 許されない。
億の言葉をもってしても、何の行動も示されなければ無意味に等しいのだから―――。


必ず、この霧の謎を解明してここに暮らす人々の、本来あるべき生活を取り戻してみせる―――
それが、せめてもの罪滅ぼしになるのなら。

決意に胸を高鳴らせるの脳は、その使命が目一杯に占めていた。



そして、また忘れていたのだ、大切なことを。




守りたいものは一体何かということ、そして、その守りたいもののためにはまだ見ぬ誰かを犠牲にしなければならない時が必ず やってくるということを―――。












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あ、れ、那岐がなんかデレてるwwwこれじゃあツンデレではなくツンデレデレじゃあないですか(知るか)
そんな9話でした。

そして今回から連載が2章にはいったかも的な感じなのでそれを記念してかDiaryのほうにて連載の一部抜粋の絵をのせることに しました、可能な限り。挿絵、とまではいかないラフスケッチなのですが、暇さえあれば更新してゆきます。

今回は原作に忠実なお話でした。ただ、五年前における忍人の心情描写はやや丁寧に書いてみたつもりです。
破魂刀を持つ、そして忍人が死ぬ原因をつくったのはこの時だと思うんですよね。彼は本物の戦をみるまで純粋で、いわゆる世間知らず な、本でしか戦場を知らない坊ちゃんっていう設定でおいているので、ここでその概念が打ち砕かれて人間変わったというか。
己の力を見極めることはただがむしゃらに力を求めること以上に、難しく辛い道です。彼はそれが出来てなかったがゆえに、悪魔に 魅入られてしまったのだと、勝手な解釈ですが、置いています。このこともあまり詳しく考察書いてしまうと小説の意味が無くなって しまうので書きませんが、果たしてこれから先に描写する機会があるのか、そして上手く表現しきれるのか不安ですが、頑張ってみます。

さーて、早く忍人とが仲良くなれますよーにっ









20:37 2008/10/08