第十話「天壌に傅く」



星が―――輝き、巡る。


星の輝きが、いつもにも増して明るく煌々と輝き、その光がまるで零れ落ちてきてしまいそうなほど危うく、まばゆい。
まるで暗闇に眠る大地に目覚めを促すように。



「―――平和を望む心に二心無ければ、お答えいただきたいのです」


遙か先の己の我侭がそうさせたなどと、この少女になんというおこがましい利己を負わせてしまったのだろう。

ずっとそう思ってきた。まず他人になどこのような迸る感情など抱かなかったはずなのに・・・未来の自分はどんなに良い世界に いたのだろうと想いを馳せざるをえない。

明らかな感傷。厚かましいまでの身勝手。
だけれど、間違いだとは思わない。

なぜなら―――・・・。







「我が君。貴女の幸せは今、ここにありますか」









<「再臨詔」第10話「天壌に傅く」>



「・・・ふむ・・・白く気高き虎を呪縛から解き放ったか・・・」

端整に切り整えられた石畳の広間で、男は言う。その声はどこか楽しげで、そしてどこか緊迫している。
その音が豪華に金で装飾された壁画まで届くと、どこからか急に風が吹き込んできて照明用の蝋燭の火を揺らした。


「―――アシュか。・・・入る時は何か言ったらどうなのだ」

「まあ、そんなに怒ることもないだろう?なにやらお前が珍しいものを見ているからちょっと気になってな。
 それに随分集中していたから、声をかけ辛かったんだよ」

炎に揺らめく影が二つに増える。重たげな鉄の扉を開け放ち、主に挨拶もなく部屋に入ってきたアシュヴィンと呼ばれた男は、その男の 抱えていたものを指し示し苦笑した。

「・・・丁度エイカが出払っていたところだ。敵の内情を探るには万の景色を映す水晶が必要だろう。何も不思議なことはあるまい」

「いや・・・・・・」


アシュヴィンは知っている。彼の兄―――ナーサティヤが妖術や鬼道の類はあまり好き好まないことを。この国では呪術や巫の力で この豊葦原を統治してきた敵国中つ国とは違い、実力でのし上がって来た歴史がある。術というものは神の力を一時的に借りること によって自然法則を超越する技であり、莫大な破壊力を秘めているのは確かだ。しかし、どうしてこうもなかなかうまくいかないものか、 神の恩恵を受けられるのは天賦の才能がものをいう。無論努力でなんとか相手を攻撃するくらいの力をつけることはできようとも、天に 愛された稀有な人間しかそれ以上の壁は破れなかった。
その事実を彼と、そして何よりもアシュヴィン自信も嫌っていた。神の恩寵を受けなかった、所謂「恵まれなかった人間」はただ大人しく 運命を享受し支配されるしかないと言われているようで。それなら自ら進んで剣を取り、身を守り未来を切り開いてゆくほうが随分 ましだった。実際、五年前に中つ国を滅ぼし、今王座に君臨しているのは恵まれない人間である者たちだ。
だから鬼道や術に頼るなどとは、いくらエイカがいなくとも今まで見たこともなかった現象なのだ。

それほどまでに―――あの娘のことを危惧しているのか。

「それより、なんだって? あの龍神の神子がなにかしたのか?」

「・・・虎退治だ」

「ほぉ、お前もなかなか面白い冗談が言えるじゃないか」

まぁ、あの娘と初めて出会った時にその危険性は感じてはいたが。たとえ男が二人ついていようとも、黒麒麟をああも早く倒せる『人間』 など存在しないはずなのだから、彼が危険視するのも無理は無い。確かに妖術に頼っていたことは気になるが、あまり深入りしてもさして 面白い話は出てこなさそうだ。

「ふぅん・・・・・・」

ナーサティヤの背後から彼と同じようにして水晶の奥を見つめてみる。

「やはり、間者だったか」

「わかりきっていたことだ。いくら常世に身を置いていたとはいえ、あの高千穂だ。何の美味い土産話もなかろう」

「まぁ、な。だが・・・面倒なことになった」

「・・・・・・」

水晶の向こうでは白虎を解放して歓喜に溢れるの姿と、新たに彼女たちの軍に加わった柊の姿がくっきりと映し出されていた。

「・・・・・・火の無いところに煙はたたぬ、か・・・・・・」

ナーサティヤが向き直ればこつん、と踵の音が壁に何回も反射する。そして同時に加わる刀と鞘のぶつかる音。

「そういうことだ」

久しぶりに逢いまみえるのも良いだろう。
そうアシュヴィンは答え、先に部屋を抜け出たナーサティヤの後を追う。

もっとも―――これが最期の出会いにならねばいいがな。

そう、皮肉を口にして。






***



夜風が、初夏を迎えようとする晩春にひいやりとした心地よさをもたらす。はその風に吹かれながら一人、堅庭で景色を眺めていた。
といっても勿論今は夜なわけで、元の世界にいた時の様な電燈もないものだから地上は真っ暗闇で何も見えない。ただ、電燈が無い分 月の光がその役割を代理していて大地を全体的にぼんやりと照らしている。特にその月は元の世界のものとは違い、何倍も大きく、空気 も澄んでいるから太陽とまでは流石にいかないがそれに引けを取らない光度をもって降り注いでいた。
どういう名称かは知らないが光を纏う羽虫もあたりを飛び交っていてなんとも幻想的で、それに喧騒もなく、夜の堅庭はの大好きな 場所だった。

「いかがなさいましたか、こんな夜半に」

「あ・・・柊・・・」

突如背後から柔和な声が聞こえて、はゆっくりと振り返る。そこには『元』常世の国の軍師である柊という男が、同様涼風に 吹かれながらたたずんでいて。彼は五年前の戦をきっかけに属していた中つ国を裏切り常世に組していたが、現在は姫である彼女が またこの豊葦原に帰ったことによって彼(か)の国を裏切った。二重(ふたえ)の裏切り―――『裏切り』という言葉に異常とも いえるまでの反応を示す忍人はずっと「これは罠だ」だとか「信じるに値しない」、あまつさえ「すぐに斬り捨てろ」と言い放つ始末 で、その場は猜疑の緊張で暗雲に包まれた。だが、わざわざ安寧の土地にいた筈の彼が、このタイミングで瀕死の怪我を負ってでも 裏切ろうとするだろうか。
彼の思考の仕方から判断するとそんな無謀な賭けに出るとは思えないし、何よりには彼の「役に立ちたい」という言葉がどうしても 嘘には思えなかった。だから、彼女はこの筑紫を覆う霧の正体の情報と―――その根源である四神のうちの一神「白虎」を協力して 鎮めることによって試すことにしたのだ。その結果、彼は信ずるに値する人物だと判断し、この軍に迎えた。
もっとも、最初の出会いはあの現代でのことだったので最悪の印象だったが―――今までの裏切りにしろ無理やり自分をこの世界に連れて きたことにしろ、結局は何よりもこの国の安寧を願っているのではないかともとれる。

だから今はひとりきりの堅庭でも安心して話す余裕もできたのだ。


「ちょっと、眠れなかったから」

「左様で御座いますか。・・・ああ」


柊はゆっくりと踵の音を鳴らしながら、相変わらずの悠々とした物腰での隣に立ち、そして天を仰ぐ。


「今日は星が綺麗で御座いますね。爛々と輝いている」


そうだね・・・と、この、戦中のひとときの静寂を壊さないようにそっと答え、彼と同じ星空をその蒼穹の瞳に映した。


「先刻は、真に有難う御座いました。・・・私を信じてくださって。あのような卑しい行いを、たとえ我が国を守るためとはいえ行わざるを得なかった己の浅慮を呪います」


忍人に物凄い説教を食らったのではありませんか?という半分本気の彼の冗談に苦笑しながら、でも、とは続ける。


「それを言うなら・・・この国を守るためとはいえ、誰も信じなかったら、きっと、寂しい」

「我が君・・・・・・」


ふと見せた笑顔が暗闇に照らされたからだろうか。とても寂しげに映り、そして同時に風になびく髪の色も儚く見えて。柊はつ、と 己の眼帯を一旦直したあとの沈黙に耳を傾けながら、力強く呟く。
独り言とは思えないその真摯さで。

「―――平和を望む心に二心無ければ、お答えいただきたいのです」

「なあに?」

「我が君。貴女の幸せは今、ここにありますか」


―――深夜の静寂に、虫の声が遠くでこだました。
無音の世界といったほうが正しい表現かもしれない、そんな二人だけの切り取られた世界で、ただ風だけは耳元で囁きを断続的に 繰り返す。その歌声はから笑みを奪い、柊に哀笑をもたらした。

しかし何を言っているのだろうと半ば自暴自棄になりながら、それでも彼は願ってしまうのだ。別の世界で己の覚醒した鮮やかなまでもの 輝く感情が一体何を守ろうとしているのか、そしてこの伝承の果てに見る世界は一体どのような世界であるかを知りたい―――その欲求を。
見果てぬ夢を過去の自分に見て、手がかりである彼女に残酷な問いをしているのだろうということくらいは最早第六感的に承知している。
そう、確かに何よりも最愛の彼女を傷つけたくない。けれども、この我侭は歯止めを利かせることが出来ない。

「・・・あるよ・・・・・・ある。まだ、この世界に来てそんなに経ってないから偉そうなことなんて言えないけれど」

僅かに見開かれた隻眼に、月光に照らされる美しい少女がひらりと映り込む。

「正直、国の再興とかの云々はまだ良くは分からない。けど、この世界のどこかに穢れや圧政で苦しんでる人がたしかにいる。
 そんな人達を守りたいと思う」

「・・・・・・」

「知ってるんだ。その人たちの助けになれた時、みんな凄く目が輝いてるの。感謝されることが嬉しいんじゃなくて、その輝きが凄く嬉しくて・・・ああ、私、この世界の役に立ててるんだなって・・・」

「・・・ですが、貴女は知ってる筈です。この世界には貴女の救いによって迷惑を被る人間や、貴女の救いを当然だと思い込む人間、感謝せねばならぬと分かっているのに、かえって貴女を妬み・・・嫉む人間がいることも」


逆光に立つ彼女の影が暗く淀む。やはり少々言いすぎたのだろうか、と少々胸が痛む。
だが、柊は後悔はしていなかった。
彼女はいずれ王となる人物―――己の感情だけでなく広い視野で物事を冷静に判断する資質を見極めたかったからだ。

そう、それに加えて、まるで・・・。


「それでも私は・・・」

「・・・・・・」


「それでも、私はこの世界が好きなの」



月の光に包まれて恍惚と話す彼女の横顔がまるで、どこか遠くに行ってしまいそうだったから―――。
それほど白く浮きだった肌は透明で、微笑は儚く、その細い身体は蒼い闇と混沌の静寂に溶けていってしまいそうだった。

「迷いは、無いのですね」

「・・・うん。・・・確信が、この国の人々を思う心を暖かくさせてくれるから」


引きとめようと放った言霊を弾くかのように強く言い切られ、やれやれ参ったというふうに柊は両手をひらひらと空に振った。
確かに、この少女にもう何を言ったとしても叶わないのだろう。


「つかぬことをお訊きしました」


最早、彼女はとっくの昔に決めてしまっているのだ。


「我が君―――貴女のなかに答えはいつなん時も存在している・・・」

「ひ、柊?」


突然す、と柊の長い手が伸びてきては困惑する。
まるでこのままこれ以上少しでも彼に近づけばその逞しい胸のなかにすっぽりと収まってしまうかのような至近距離で固定された顎を もう片方の手で撫でられて、その手袋をしていても分かるしなやかな指の体温と澄んだ瞳の色にすっかり捕らわれて動けなくなってしまう。
だが、その色彩に普段から感じる妖しさや危うさは感じない。どこか遙か遠くを見つめ、憂い、そして何よりもこの瞬間を喜ぶ、まるで少年のような明るい光が宿っているから。



柊は瞳を静かに閉じる。

遙か先の己の我侭がそうさせたなどと、この少女になんというおこがましい利己を負わせてしまったのだろう。

ずっとそう思ってきた。まず他人になどこのような迸る感情など抱かなかったはずなのに・・・未来の自分はどんなに良い世界に いたのだろうと想いを馳せざるをえない。

明らかな感傷。厚かましいまでの身勝手。
だけれど、間違いだとは思わない。



なぜなら―――・・・




「貴女は見つけられた。・・・貴女の瞳の中の、美しき縷々の星々が煌々と照ってそう告げております故に」



だから今はどうか、我が恣(ほしきまま)をお許しくださいませ―――。





またひとつ、星が流れ落ちた。その輝かしい重みに耐えられないかといわんばかりにきらきらと零れて。


満天の星空の下、優しく抱きしめられたの耳元で囁く柊の声は無窮の哀切を秘めていた。




***


別働隊で動いていた岩長姫の軍が常世の軍勢に急襲されたことを知ったのはその翌日のことだった。
しかも今回は相手が悪い―――なんと、常世の国の皇子、炎雷、黒雷たちの軍によって襲われたらしいのだ。
黒雷についてはこの世界に来てからの苦い面識があれど、炎雷については全く面識がない。
忍人の話によれば黒雷アシュヴィンと並んで常世の国の皇子の一人で、あの五年前の橿原攻めにも加わっていた男だという。ここ最近は 姿を見せることもなかったそうだが、相当あの高千穂奪還を危惧したのだろう、このような辺境にまで進軍してきたというわけだ。

サザキの八咫烏の不気味ともいえるほどの騒いだ鳴き声に、筑紫解放にわいていたその場が一瞬にして凍りつく―――。

黒雷は、強い。
まだこの世界に放り込まれて間もないころに彼と一度だけ対峙したことがあったが、その存在感と呼ぶのがふさわしいのか、 威圧感と呼ぶ方がふさわしいのか、とにかく彼がいるだけで全身から汗が噴出し、両足をしっかり大地につけて踏ん張っていないと 今にでも気に圧倒されて倒れてしまうかのような空間に歴然とした力の差を感じた。おまけに彼に従う黒麒麟まで出てくるとなると 更に分が悪くなる。あのときはアシュヴィンではなく黒麒麟単体だったからなんとか勝利は出来たものの、今度はあのアシュヴィン 自身も戦闘に身をおくことになるだろう。加えて未知数の能力を秘めた炎雷もいるのだ。いや、未知数とはいえあの橿原攻めの際
軍の指揮を執っていた身ならば、少なくとも黒雷と同等か、それ以上の力は持っているだろう―――。

一刻も早く岩長姫たちの軍を助けたい。
けれど、何の策もなくぶち当たっては瞬時の玉砕は目に見えている。
は汗に滑る天鹿児弓をしっかりと握り締めて、天鳥船を彼女や道臣たちが応戦する砦へと向けた。













「みんな! 岩長姫!」

目的地に着くと同時に船から飛び出し、は弓を構えながら辺りを見回す―――だが、ふと異変に気が付く。
人が―――全くいないのだ。
しかも、彼女のいた軍の陣を見てみれば争っていた形跡すらなく、剣と剣のかみ合う音はおろか人の声すらもなく、森の木々に止まり 囀る小鳥の声しか聞こえなかった。

「師君は、おそらく金蝉脱穀の計を用いられたのだろう」

の後方の護衛をまかされていた忍人も追いつき、周囲を見渡して冷静に言う。

「陣に籠もるふりをしてひそかに別の場所へ移動したんだ」

「じゃあ、岩長姫たちは無事なんですね」

「おそらくは。しかし、手放しで喜べないのでは」

横に控えるようにして立っていた柊はそう口にしたのと同時に突如峨嵋刺を空に投げつけ、不適な笑みを漏らす―――。

「それすら、相手の術中にあった・・・ということですね」

「え・・・・・・?」

ぱしん、と乾いた音が上空で響き、はその方向に目を見張った。すると―――柊の放った暗器を悠々とその大きな手のひらに納めて 余裕の微笑を浮かべる男がいた。その男は、片手に見慣れない鉱石の長い剣(つるぎ)を持ち、重厚な異国の鎧に身を包んだ―――。


「ここを襲撃した真の目的は―――俺たちをおびき寄せることだったのか。
 黒雷・・・アシュヴィン」


前方に立つ風早が刀を構えなおして苦々しく吐き捨てようと、その男の表情は一向に変わらなかった。皆が一斉に武器を構え、鋭い 睨みを利かせるなかでも彼は悠然と佇み、刀をだらりと下げている。


「思ったよりかは早かったな。あの船は、見た目以上に役立つようだ」

「・・・・・・来たか、中つ国の二ノ姫」

「アシュヴィン・・・」


そして―――彼の背後に立ち、刀すらもまだ構える様子を見せないのは・・・。


「この人が・・・」


なるほど、彼の弟のようにまるで真っ赤に燃え盛る焔のような赤毛をもち、その威光は計り知れないところがなんともよくアシュヴィンに 似ている。炎雷、ナーサティヤ。
確かめるようにして思わず口にすれば、彼はまじまじとの姿を眺め、


「・・・なるほど、面影が残っている」


そう、口にした。
以前に会った記憶などないけれど、敵国の姫であればどこかで顔を知られていることも不思議ではなかった。とりあえず、意味深な言葉 は置いておくことにする―――今はそれどころではないのだから。


「お前が来るのを待っていたんだぜ。
 ほらな、サティ。龍の姫は俺の期待を裏切ったりはしないだろう」

「・・・・・・そのようだな」

「そうだとしても、助けにきたのは間違いじゃない」


余裕綽綽といった感じで上から、緊張に身構える仲間を嘲笑い眺めるかのような会話を続ける二人に、は声を荒げてしまう。
だが、しっかりとその手には弓を握って。


「もう、子供の時とは違う。自分だけ無事なところに逃げるわけにはいかない」


そして弓を構え直し、きりりと弦を張って天羽羽矢の照準を前方に出てきていた炎雷へと迷うことなく向けた。


「・・・・・・そうか・・・。逃げぬというのならお前の覚悟を、見せてみよ」


そう、彼が口にした瞬間、彼の姿が消える。
目の前には刀をようやっと構えたアシュヴィンの姿はあれど、ナーサティヤがどこへ消えたかは彼女の目をもってしても捕らえること は出来なかった。

「っ!」

ひゅん、と耳元で何かが空を裂く音がして、は脊椎反射で身体半分捻りながら後転し、着地と同時に音のした方向に弓を放つ。

!」

慌てて風早が駆けつけようとするが、

「おっと、お前の相手は俺だぜ」

「っく!」

アシュヴィンの素早い剣戟が行く手を阻む。撃に徹した彼の長剣がかみ合う風早の刀と激しく火花を散らした。



「本当は俺があの姫と遊ぶ予定だったんだが―――サティが妙に食いつくんでな」

「・・・アシュヴィン、そこをどいて下さい!」

「そう言われて『はい、どきます』という敵がいるか?」

「・・・っそれも、そうですね・・・」

ギチギチとかみ合う刃同士を境にして、二人は対峙する。一人は自信にどこか狂気を滲ませて、一人は冷静にどこか焦燥をにじませて―― しかし、こう力の押し合いへし合いになってしまっては一旦型を取り直さざるをえない。風早はアシュヴィンの刀を強く弾いて、その 反動で遠くへ飛びのく。
あいた間合いに余裕が出来て、周囲を見回してみれば柊と忍人は周囲の荒魂と激戦を繰り広げていて、とても救援など頼める状態では なかった。この力の差に対抗するには、自分でも最低もう一人の助力が必要だというのに―――。

風早の不安げな瞳は、アシュヴィンの奥、とナーサティヤに向けられていた。




***



「遍く光よ、我が敵を貫け・・・光破斬!」

手を振りかざしたその先の天からまばゆいばかりの星の光がまるで槍のように形を変え、荒魂を貫く―――しかし、一旦衝撃に動きを 止めたものの、肩から腹にかけて大きな傷を負っても未だ倒れず、むくむくと起き上がる妖の様子に柊は小さくため息をつく。

「残念ですが、あまり持久戦は得意じゃないんですよ。・・・仕方ありませんね」

短く言った後、何を思ったか急に敵のいない方向に駆け出す。その様子を目に留めた忍人はやはり裏切ろうと思ったのかと思って 怒りに任せて叫んだ。

「何をしている! 敵前逃亡し、また常世に寝返るつもりか貴様!」

柊はその言葉をも無視し続け、ついに忍人の後方までやってきた。

「いいえ、そんなはずは。我が心は我が君に既に捧げてしまっています。裏切るなど愚昧なことはしませんよ」

「なら今すぐ追っ手を斬り伏せろ!」

「おやおや、話に夢中になっててはいけませんねぇ忍人、・・・前」

「っ!」

言われて前方を見てみれば、柊を追ってきていた荒魂が今にでもその鋭い爪をその荒魂にとって障害になっていた忍人の肩に 突きたてようとしていたところだった。間一髪でその攻撃を伏せて避け、身体の均衡を失いがら空きになっていた胴を一直線に薙ぎ、 衝撃に一瞬動きが止まったそれの頭から一気に兜割りを決める。
するとどろどろとした得体の知れない体液が音を立てて噴き出し、どす黒い肉片はぼとぼとと地面に落ちて、荒魂はやがて散り散りに 分解して瘴気と共に土に消えていった。

「いや、お見事」

「柊・・・貴様・・・、謀ったな・・・」

今すぐにでも彼を説教してやりたいところだったが、まだ目の前には何十という荒魂が魍魎跋扈している。早く彼女の元に駆けつける 為にも、今は無駄な時を割いている場合ではない。
柊を蔑みの瞳で一瞥してからもう一度刀を強く握り返して、重心を二刀へと分散させる。


「物分りが良くて結構です。風早ならまだ黒雷と持ちこたえてくれるでしょうが」

「ああ。二ノ姫に炎雷は―――・・・危険すぎる」


互いに背中合わせになって、柊はなにやら呪術を唱えだし、一方忍人は何か機会を見計らうかのようにして刀を構える。


「さあ一気にいきますよ。―――・・・眠ってもらいましょう・・・!」


柊が手を水平に掲げ、周囲に虹色の眩惑が広がると同時に忍人は刀に意識を集中させた。


「魂を砕き、うなれ漆黒の刃―――破魂刀・・・!」





そして空に飛び、黒い光で荒魂ごと大地を粉々に砕くのだった―――。


















+++++++++++++++++++++++++++

なんだか戦闘シーンは久々にきちんと書いた気がするので、すっきりしました。ただ、スピーディーさを出すにはどうしても つなぎの地の文が短くなってしまうのがなんとも歯がゆいところなんですがね^^;

さて、今回は柊メインのお話で。常世も出てくるということで、彼の存在を引き立ててみました。
私の連載のなかの柊はもうそれはそれはと忍人の仲を応援している、そうまさに「忍千←柊」みたいな関係でおいてるんですよ。
これからの小説で描写できるかわかりませんが、のことが大好きで、でも忍人のことも戦友として大好きなので、二人の仲には 協力するというなんとも損な役回りだともいえます(笑)

もともと忍人の書ED後の伝承(第一話)でに「我が同胞(忍人)を救ってくれ」と頼んだのも彼ですしね〜。また彼も那岐とは 違ったジャンルのツンデレなんだと思います。

の言った言葉「誰も信じなかったらきっと寂しい」という言葉は間違いなく将軍様のミーミングもかねています(笑)
あの人は信じなさ過ぎますからね〜特に柊を。まぁ、裏切られた結果なので・・・可哀想といえば可哀想ですが。

そしてちょっとコメディーチックになってしまった後半^^^^^
いやでも、大人な柊にからかわれる忍人っていう構図も好きなんで・・・えへへ。

さて、次回、いよいよナーサティヤVSです。サティ強いよ、サティ。







6:17 2008/10/19