第四話「星に軌を見ゆ」




それが定めだと思った。



連綿と連ねられてゆくなかでの逃れられぬ宿命だと。





神の伝承。心を奪った者はやがて悲劇と共に螺旋へ落ちる。




日の当たらぬ舞台に居る者は願わずにはいられない。





でも、ああ、ほら。







また――――――星が、堕ちた。










<「再臨詔」第4話「星に軌を見ゆ」>



あの衝撃的な出会いをしてしまったは水浴びから戻ってきて、親睦を深めるため、また、あの出来事のショックを忘れるためにも 朝早くから稽古に勤しむ兵士達と言葉を交わすことにした。
すると、昨日の行動をえらく評価され、面をくらってしまった。
自分としては昨日はただ単に思ったとおりに我武者羅に行動し、あまつさえ仲間を取り返すことも出来ずに敗走し、せっかく自分の 元に集まってくれた皆をがっかりさせてしまったと反省していたが、兵士としては普段雲の上の存在のようなものである王族がその ように自分達の身を案じてくれることに酷く感動したようで、すっかりもてはやされてしまった。
がにこりと微笑めば兵士達は闘志を燃やすばかりで、その人気に一緒に立ち会っていた夕霧が妬くこともしばしばあったくらいだ。

そんな状況に戸惑っているうちに、外の様子が足音に慌ただしくなり、何かと思ったたちの背後で国見砦の門が重い音を立てて ゆっくりとひらく。

途端、先ほどまで和やかだった兵士達の表情が一変して青くなった。
一体どうしたというのだろう?




は彼らの目線の先を見た。
――――――そして同時に、彼女の表情も凍った。



「か、葛城将軍。お、お戻りになられたのですか!」



この人、さっき滝にいた人・・・!


は驚きに目をまたたく。先ほど裸を見られたことなど吹き飛ぶくらいに驚いた。
が、その男は先刻の出会いと同じく彼女には一切目もくれずに、


「大将軍はどこだ」

「あ、い、岩長姫様なら、部屋に、まだ・・・・・・寝ているかも・・・?」

「わかった。ならば中で待たせてもらう」

ただ厳しい口調でそう言い放って達の目の前をずかずかと歩き、慣れた様子で屋敷の中へ向かう。
途中、彼の周りに付きしたがっていた兵士であろう狼の姿をした大柄の人間と目が合い、その冷たく物々しい眼光にの背に緊張の 汗がつ、と流れ落ちる。


この砦に関係のある人だったんだ・・・・・・


ああ、だとしたら先ほどのことが一層悔やまれる。もし彼と話すような機会があったらどんな顔をして話せば良いのか。折角自分の中で あのことは忘れよう、と決心したのに・・・。
様々な思惑に駆られる中、早くこの瞬間が過ぎ去って欲しいと願っていたの願いは打ち砕かれた。



「・・・なぜ、ここに土蜘蛛がいる?」


静かに怒りに震える声と同時にぴたり、と足音が止まる。
恐る恐る状況を確認すればどうやら叱咤の種の先は自分ではなく、黒い衣装を纏った遠夜にあるようで、その鋭い瞳とただならぬ殺気 に周囲は言葉を失う。
ああ、もしかしたらこの人も遠夜が「土蜘蛛」という種族に属していることを忌々しいとか、不吉だ、とか異端視しているのかも知れ ない。だが、遠夜のことなら自分が一番良く知っているはずだ。風早や那岐には声は聞こえないらしいが、自分には良く聞こえる。
とても優しく綺麗な声と、それをまるで表しているような透明で純粋な感情。
それを伝えてあげればきっとこの人も仲間に加えたことを歓迎してくれる、と思い、は咄嗟に喉奥から声を絞り出す。


「あ、遠夜のことなら、心配いりません。私たちの仲間なんです。ゆうべから力を貸してもらって―――」


「君が砦に入れたのか」

納得して安心してもらえるだろうと思って言ったのだが、逆にもの凄い勢いで叱咤の火の粉が此方に飛んできてしまった。これには流石の も言葉を失ってしまった。
そんな彼女の様子に悪びれる様子もなく男は深緑の瞳での蒼目を睨みつけ、吐き捨てる。


「追い出せ。土蜘蛛は軍を内から崩しかねん」

「えっ!?追い出せって」


の抗議の声にも反応することなく、ついと踵を返すとまた再びずかずかと邸内へと足を進めてゆく。


「ちょっと待ってください。・・・」


結局、何も言うことなく彼は行ってしまった。周囲の人間もそうだが、なんで自分の周りにはこんなにも人の話を聞かない人間が多い のだろう、と思う。




足音が完璧に去ったのを確認して、途端兵士が息をつく。
確かに厳しそうな面持ちで周りにいたいかにも剛健な狼の兵士を見ただけで、そんなにも緊張するものなのだろうか。
将軍、と呼ばれていたしこの砦に関係する人物ならこれから先嫌でも顔をあわせることになるだろう。
は思い切って兵士に彼が何者であるかを聞いてみることにした。







****


「で、どうだい?四国の様子は」

「あちらを通るのはほぼ不可能です。常世の支配が広く及んでおりました」


彼は葛城の族の忍人というらしい。丁度橿原宮陥落の時位から宮廷近辺の警護にあたっていた将兵で、今はその戦績を称えられて この国の将軍を務めているという。
そこまでは至って誉な事実なのに、何故恐れられているのか―――それは、まだ何が何だか分からないにもすぐ分かることに なった。


それは、岩長姫が大将軍を自分から中つ国の二ノ姫であるに譲り渡す、という快濶な言葉から始まった。


「大将は大将だ、そのほうがさっぱりしてていいだろう?」

「でも・・・岩長姫・・・!」

困惑するに一言、忍人は切り捨てる。


「ならば、納得しかねます」


強く言い切られた言葉に、同席していた風早の表情がやや固まる。


「この戦はこちらが不利、わずかな落ち度でも敗北は必至だ。軍の命運はただの娘の思いつきにゆだねるべきではありません」

「お、思いつきって・・・・・・」


いつも何か厳しいことをいわれても寛容なだったが、流石にこの言葉にはわずかな反発を覚えた。
確かに、昨日は敗北してしまったけれど、決して感情論で突っ走ったりはしていないし、そうしなければ皆が幸せになれないから と思って行動したのに、それを単なる「思いつき」として判断されるのがとても悔しく―――歯がゆかった。
そんなの感情も関係なく、忍人は更に言葉を続ける。


「出自の知れぬ土蜘蛛を軍に加え、策もなく敵の本拠に攻め入り敗退した。損害が軽微だろうと、あまりに軽率だ」


感情の抑揚もあまりなく、常に冷静に分析され叱咤される。
しかし、言われていることは確かに真実で、現実を突きつけられたは何も反論できずにいた。それにつけこむようにして、
忍人はきっぱりと告げる。


「君には、将としての資質がない」


誰もが何も言えず、ぴいん、と張り詰めた空気に押しつぶされそうになった瞬間ふと―――はしゃん、という音を聞いた。
涼しい、凛とした音・・・鈴、だろうか?


突如うわのそらになるに風早が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくる。
だが、そんな風早の労いの言葉も今の彼女の耳には右から左へ流れてゆくだけだった。



――――――おかしい。


「・・・・・・」


訝しげに見つめてくる人物―――忍人に目を向ければ、胸のどこかでずきり、と何かが音を立てて傷む。
何か、何かが―――忍人の言葉に強く反発することなく、むしろ逆に―――。


喉の奥が、きゅうと締め付けられる。
その感情は―――どこか哀愁にも似た郷愁。



『ああ・・・あなたは無意識のうちに・・・私を・・・解放させてくれようと・・・』


・・・えっ!?


脳裏にそんな言葉が浮かんできた瞬間、は驚愕する。
一体なんだというのだろう。自分なのに、自分でない感覚。そんな形容が一番ふさわしかった。



『でも、私は・・・。・・・逃げないよ―――』









「それなら、忍人さんの力を貸してもらえませんか」

「何?」

ふ、と口をついて出た言葉に、は自分でも驚きながら、しかしとりあえず何故そういう提案の言葉ができたのかは置いておいて 続きを繋げる。


「私には大将になれるような資質や、知識はないかもしれないけど。大将だって一人で戦をするんじゃないでしょう?」

「・・・・・・」

「みんなの意見を聞いて、みんなで考えればいいと思って」


ふふ、と微笑み、忍人を見据える。


「・・・・・・なるほど君は思ったより口が達者らしい」


忍人はのそれとは違う微笑を見せて続けた。
皮肉めいた疑心暗鬼の微笑―――それはどこまでもを蔑み、疑う色。まるで何かに極度に怯えているような気すらする。
それほどまでに彼は慎重に、―――どこまでも臆病に、そして威嚇していた。


「だがどれほど議論しようと最後に結論をだすのは統率する者だ。君に知識がないのでは判断を下すこともできまい」


橿原宮の戦の際、数多の歴戦の将が戦場に出た。しかし常世の圧倒的な力の前に彼らは応戦虚しく悉く散った。
その中で唯一、葛城忍人の率いる狗奴の軍のみが命からがら生き残った。ふらふらになりぼろぼろになった手足で血色に染まった草原を 抜け、それでも容赦ない追手からの追撃をおさえ、火薬と土と血のむせ返るような匂いに意識が朦朧としてまでも刀を抜き、とうに力など 失った腕で相手に一撃を下す。まさに人ならざる偉業を成し遂げた―――そうすることでようやく生き残った軍を率いていたのだ。
かつて相当な苦戦を強いられたからこその言葉なのは、わかっているけれど・・・そこまではっきりと現実をつきつけないでも良いのでは ないかと少し戸惑いと反感を覚える。


まくし立てた後の再びの沈黙。
それに耐えかねたのか、ようやく今まで事を静観していた風早が仲裁に入ってくれた。ひとまず話題をそらし、今何をしなければならない かということについての論議に移る。がほっとするなか、話題を急にそらされた忍人は一瞬表情を曇らせたが、すぐにいつもの冷静 な表情に戻った。どうやら切り替えの早い人間らしい。


その結果、炎の結界があるのはあのサザキ達日向の一族のせいであり、彼らの根城が阿蘇にあるということをうけ、まずはそちらから 叩くという方針になった。見たところサザキは根っからの悪人というわけでもなさそうだし、現状をもっと詳しく話せば上手く説得できる かもしれない。それに、あの様子からいってレヴァンタに従っているのには何か深い理由がありそうだから、もしかしたら本当になんとか できるかもしれない。
なによりまず皆を取り戻すために、そして自分を信じてしたがってくれた数多の兵士や忍人という将軍に認められるため――― 決意も新たには手に弓をとり阿蘇に向かうのだった。



***


一歩、一歩踏み出すたびにどすん、どすん、と床が軋む。

「・・・」

その音に同時に重々しい甲冑のぶつかりあう音が重なり、右往左往するうちに段々とそれは激しさを増す。
なんとも気品の欠片も風情も落ち着きもない、まさしく耳障りな不協和音だ。


「いかがなさいましたか、ご気分が優れない様子ですが」


わかりきった返事を聞こうなどど、自分もとんだ酔狂なものだ。口元に皮肉めいた微笑を隠し、鶯色の髪の男は不協和音の主である男 レヴァンタに問いかける。
彼曰く、最近雇った日向の一族の行動が段々とよそよそしくなってきており、不信感を拭えないのだという。今は協力をしてくれている というのにましてや実は叛徒の一味でないかとまで言うのだ。確かに叛徒を取り逃がしてしまったということは汚名だが、 しかしそこまで疑う必要はあるのだろうかと思うが、この質問はレヴァンタの状況を非常に良く表しているものだとも思った。

くすり、と微笑み、男は彼の意見を推す。どこまでも演技じみた声音で―――。


「では、山賊の根城を探らせてはいかがでしょう。叛徒とつながりがあるなら、すぐにでも露見いたしましょう」


音が告げる意思など汲み取る余裕も教養もない彼は怒声にも似た声で命じる。


「おお、そうだな!今すぐに行え」


長年付き合ってはきたものの、毎回思う。この男は自分の場所が見えていない故に高慢にもほどがある、と―――
冷たい心の奥底で燻る炎に気が付けば、ああ、まだ自分にもこんなものがあったのだな、と少しばかり彼に感謝してしまう気すらする。
そんな自分に、吐き気すら覚える。


だが―――まだ。


「・・・・・・承知いたしました。すべて、我が主によきように」







まだ――『自分を自分たらしめる』消えぬ炎がある。失ったはずの右目に光が宿り、まだ見ぬ明日を夢見ている。





・・・ガコ・・ン・・・




重い鉄の扉を閉め、満天の星空を眺めてぽつりとこぼす。




「どうか――――――今度こそ、哀れな番星(つがいぼし)に、真の幸よ、あれ―――・・・」




この煉獄の檻の螺旋を断ち切ることができるのは、この底無しの伝承を生んだ双つ星しかいないのだから―――。
その事実は至極愚昧で―――何者にも、そう神にすら侵せない崇高な、地に足をつける人々が生きる証たるもの。





そのためになら、私は―――・・・。


















「柊!まだそこにいたのか。ぐずぐずするな!早く行けと言っているだろう!!」





「―――・・・は・・・」




振り返った柊と呼ばれた男の表情は、この世のものとは思えぬほど、透明だった。











++++++++++++++++++++++++++++


4話でした。なんだか本編の追想みたいで個人的に単調になってしまって申し訳ないです。ところどころにオリジナルを組み込ませては いるんですがね、ちょっと単調ですよね。


ようやく柊さん登場。しかもちょっとだけ意味深な感じな登場の仕方ですね。いや、柊自体意味深じゃん?←投げやり

柊についていえば、私が思う柊は「生きる」意思があまりない人間、つまり自分というものがない人間として位置しています。 ふと柊ルートをやった時に、この人は生きてないなって思ったのがはじまりです。
ただ、後半になるにつれて神子様に思いをよせていって、「この人のために生きたい」という意思が初めて芽生えたんでしょう。
しかし芽生えた時は遅く、死してしまった。最後に現代にもどったが彼の「意思」の天秤を動かして完全に自我を覚醒させた と思っています。
一ノ姫と羽張彦の幸せを誰よりも願っていた彼だからこそ、その時に神の圧倒的な強さに絶望し、未来を変えることなど出来ないと 絶望してしまった彼は自分で考えることを放棄してしまったような気がするんです。姫に会った時から「姫がいうなら」とか連呼して ましたしね。

話からはずれますが、柊はアカシャによって人々の未来が定められている、と言っていましたが、私はアカシャによって未来が決められ ているのではなく(勿論忍人ルートだとそう思うのが一番矛盾がないのですが)
アカシャによって決められていたのは「人の心」だと思うんですよね。だからこそ、は「心の天秤」を揺らして伝承を変えてゆく わけですし。風早ルートでも最後に白龍の天秤が動かせますよね。あれによって解は自明でないかと。
「龍神=既定伝承」というわけではなさそうですし、宇宙の記憶がアカシャであるなら、龍神の心もアカシャによって縛られていたのでは ないかと、そしてそうだとしたら龍神だって被害者(?)なわけです。

あの世界では「決められてるんだから変えられるはずがない」と皆が皆思っていて、それではやはり戦いの歴史は永遠と繰り返されて しまうと思うんです。だからはしきりに「変えてみせる」って言ってましたしね。そこらへんが良く書かれているのが柊、風早 ルートだと思うんです。逆に・・・忍人ルートだと忍人の気持ちがどうアカシャで縛られてしまっていたかが良く分からなくなって くるんですがね^^;だって個人ルート(忍人が生きる理由を見つけるルート)で死んでしまって普通のルートでは死なないで ハッピーエンド(?)ですし・・・忍人ルートで全て天秤を動かしているということは、やはり・・・アカシャの束縛が消えた はずですから・・・うーん、やっぱり忍人の話はそこまで練られていないと考えてしまう(苦笑)


と、なんだか考察になってしまいましたね。忍千について一切触れてないww


えと、ですね。今回の話では忍人を「臆病」というコンセプトで書いてみました。
いや、ゲーム本編のシーンだといかにも冷静で強い人!ってイメージなんですが、今思い返してみるとあれは橿原宮陥落の戦からの 怯えのような気もするんです。最初は本当に、疑うこともしないような純粋な、まぁ悪く言えば「世間知らず」な坊ちゃまなわけで すから・・・裏切られて大人になった結果があれだと。
「大人にならざるをえなかった」事実は深く彼の性格に影を落としていると思います。しかし、そこを変えてゆくのがこのお話の なんですね。

怯えて威嚇する狼を宥めるようなに・・・なるといいですね^^^^^(おい)

て、すごくあとがきが長くなってしまいました!すみません。

さて、次回もまだこんな感じで進んでくと。
でも。段々とオリジナルの部分も増えてゆくと思います。やっぱり原作そのままなぞるのもそれはそれで楽しいけれど、いずれ コーエーさんからオフィシャルでもっともっと文章のお上手な神のような方が書かれると思うので^^


では。また。




20:37 2008/09/12