第三話「切先のなみだ」
血の香が充満する戦道(いくさみち)
黄泉への調べか
目が眩むほどの
――――夢を、見た――――。
<「再臨詔」第三話「切先のなみだ」>
昼下がり、まどろみのその先、心地よい日差しの中で、不思議な白昼夢を見た。
全く、今は戦場の真っ只中にいるというのに、平穏な空間につつまれて。
「・・・?」
・・・おかしい。
先ほど四国の様子を探ってきた自分は、馬で大将軍在る高千穂を目指していたというのに、見上げれば蒼天に桜の嵐が吹き荒れていた。
亡国の残党である身であるため大通りは歩けないため、鬱蒼とした、太陽の光さえも入ってこれないような獣道を通り強行軍を強いて いたのに。
驚きに目を凝らしていれば同時に無音の空間になり、異変を感じて周りを見回せど兵の姿はなく、先ほどまで護衛にと付き従っていた 衛兵の姿すら見当たらなかった。
「お、おい。皆、いれば返事をしろ―――」
慌てて馬を止めるが、返答はない。ただただ桜降る中、自分の声だけがすう、と吸い込まれてゆく。
もしかしたら、残党だと分かった常世の兵の妖の術中にあるのかもしれない―――。
そんな予感が背筋の冷たさと共に頭に過る。
「・・・人ならざる力を使うとは誠に愚劣。貴様らの術は見破った。姿を現せ―――!」
手綱を引き、いきり立たせようとするが馬は至極冷静にあった。普通、こういった妖術の有効範囲に入っていれば気を読むことに 優れている動物というのは情緒不安定になったり興奮したりするものなのだが―――。
問いかけても未だ返答もない。しかし、攻撃を仕掛けてくるわけでもない。いや、もしかしてもう見えぬ攻撃は始まっているのかも しれない。
確か、師君に教わったこういう時の戦術は、耳を澄ませることだった筈―――。
「・・・・・・」
精神を神経の隅々まで研ぎ澄まし、見えぬ敵を見ようと心の目を開く。
「・・・を・・・げよ・・・・・・」
「・・・!」
無音だと思っていた桜吹雪の間に、年老いた女の声が混じる。そこか、と思い腰に挿してある二太刀の片方を取り出し、声のした 方向に馬を向け、勢い良く斬り裂いた。
しかし―――妖術が解けるわけでもなく、自分が裂いた軌跡から空間が裂け、今度はまた違う風景が現れた。
そこは見たことも無い、豪華な装飾が施された建物のほんの小さな部屋。まるで、何か忌みものを閉じ込めておくような―――。
しかし、反対にその場所は神聖そのものだった。誰にも侵せない聖域のような錯覚までする。
それほど差し込む西日は輝きに満ち溢れて―――しかし、どこか底なしの孤影が満たされていた。
「・・・祈祷・・捧げよ・・・」
「・・・っそこか―――」
すぐ背後から先ほどの声が聞こえてきて、とっさに太刀を後ろへ薙ぐ。
が―――――。
手が、身体が、動かない。
『しまった―――』
まさか、あれほど心を澄ましていたのに緊縛の術にはまってしまうとは―――。
しかし己の弱さに嘆くのはひとまず置いておいて、せめて傷を軽減しようと身体の全筋肉を緊張させる。
「・・・・・・!?」
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
だが、次の瞬間鋭い痛みは一切走らず―――代わりに泣きじゃくる少女が目の前に現れたのだった。
見たところ十いくかいかないか、といったところで、服装を見れば朱に金色の細やかな刺繍がされていることとその羽織っている衣の 枚数からどこか身分の高い貴族だということがわかる。髪は黒ではなく色の抜けた黄金(こがね)色をして、桜の淡い桃色と金の陽光 をきらきらと反射させていた。綺麗に結われたそれが、しゃくりあげる毎に大げさに揺れる。
小さな手で顔を覆い、流れ落ちる涙を何度も何度もごしごしと拭いていた。
流石にこれには参ってしまう。先ほどからの不可解な声や景色といい、この泣きじゃくる少女といい。攻撃がないところから判断して これが妖術でないとすれば、一体何なのだろうか。自分は仲間である風早のように霊力が強いほうではないし、霊験をすることは今まで これといって無かった。
最早なにをしたら良いのかわからず、はぁ、と大きなため息をつき馬を下りてとりあえずはその少女を諌めることにする。
「おい、・・・ほら、泣きやめ」
・・・ふと、少女に手持ちの布を渡そうとした時、胸がずきり、と痛むような、抉られるような、不思議な郷愁に襲われた。
この糸のように細い金の御髪、絹のような輝き、顔は見えぬがおそらく、高貴にもましてさらに気高くそして、可憐な―――。
「・・・っ」
気付かぬうちに手がその少女に触れていた。まるで、泣くな、と宥めるよう少女の背を抱え込むようにして。
『何をしているんだ、俺は―――』
しかし、不思議と拒絶する気はおきないし、腕の中の少女も何ら抵抗をすることもなかった。ただ、泣きしゃくりあげている。
・・・こうしていると、少女の背から何かが伝わってくるような気がした。そう、それは、この少女には抱えきれぬ孤独や、こんな 小さな肢体には不釣合いな巨大すぎる神聖な空気――。
様々な感情が流れ込む中、まるで腫れ物を扱うようにぎこちなく何度も背を撫で、少女が泣き止むのを待つ。己も目を閉じ、早く 泣き止めと切に願った。
「・・・泣きやんだか・・・?」
暫くの間が空いて、少女の様子を確かめようとゆっくりと目をあけた。
が―――。
「―――!?」
腕の中に先ほどまで居た筈の少女はもうそこには居なかった。何度もしゃくりあげる感覚や少し高い体温は確かに今まで腕に 残っている。おかしい、確かにここに居たはず―――そう思って慌てて立ち上がり周囲を見回した。
「・・・?・・・あれ・・・は・・・?」
また景色が変わったのだろうか。
気が付けば酷く広い高台に自分はいて、こちら側からは沢山の桜吹雪が吹き荒ぶいているが、離れた先の一本松がある空間には全く 吹いていなかった。
そして良く目を凝らして見れば先ほどの少女と思われる影と―――・・・。
「・・・じゃあ、『やくそく』だよ?」
少女が小指を差し出す。
「ああ、絶対に」
「ふふ・・・ありがとう・・・」
きゅ、と二人は指を結び、離した。名残惜しい、とでもいうようにそれぞれの瞳が櫻光に揺れる。
・・・どうしてだろう、胸が―――胸が、何かに締め付けられるように痛く、炙られるようにじりじりと照りつく。瞳はその光景に 釘付けになり、喉は震えることを知らず沈黙する。頭の芯はぼうっとぼやけ、四肢は痛みに動くことを赦さず、ただただその場に立ち 尽くすばかりだ。
――――ざわっ・・・
次第に、吹雪いていた桜が激しさを増す。一枚一枚が惜しげもなく陽光を反射し、どうもこうも出来ないうちに光が眼前を埋め尽くした。
――――ああ、溺れる。
溺れて―――しまう・・・・・・。
桜の嵐に飲み込まれそうになりそう思った瞬間、意識はぷつりと途切れた。
***
―――ここは、高千穂。
昨日、この地を治める常世の国の八雷の一人、暴君土雷に捕らわれてしまった民間人や仲間を取り返すために彼らの拠点となる邸へと 進軍したはいいものの、炎の結界に阻まれ敗走を喫してしまった一行はこれといった打開策も無く、国見砦に戻って来た。
一刻も早く救出せねば逆に捕虜を盾に取られることも考えられる上、こちらの居所が分かってしまえばこの砦が総攻撃される恐れも ある。何かしら策を練って行動に打って出なければ状況は悪くなる一方だった。
とはいうものの。
あの結界を壊すためにはこの地の神の力をどうにかせねばならない。その鍵になってるのは日向の者達で、彼らをどうにかしなくては ならない。しかし、一体どうやって接触をすればいいというのか。
・・・つまり、現状は『手詰まり』ただ、その一言に尽きた。
「・・・ふう」
は緊張からか皆より早く起きてしまい、それからもずっとそのこのとについて考えきりになっていた。しかしこうも長い間思考して いると煮詰まってきて最悪な結果や余計なことばかり考えてしまうようになるのだ。
まだ皆起きるまで時間がある。少し水浴びでもして頭をすっきりさせようと、のこのこと国見砦内にある湖へとやってきた。
衣服を脱ぎ、ちゃぷりと足を踏み入れると、そこから脳へ冷たさが染み渡ってくる。
「わ・・・っ、冷たい!すごく、水が綺麗」
少し歩けばすぐ深くなっている。こんなに水底の岩まで見えるのだからと恐れることなく足を踏み入れて、両手で水を掬い上げて顔に かける。
「うん、ようやく目が覚めてきた・・・」
顔を洗うたびにぱしゃん、ぱしゃんと光が跳ねる。その音と滝の音、鳥の囀りが心地よく自分以外には誰もいないことを自覚する。
思えば一人きりになったのは一体何時以来だろう。以前いた世界は争いもない平和な世界だったため風早も那岐も一人で居ても何も 咎められなかったのに比べ、この世界に来てからは亡国とはいえ姫だ未来の王だなんだと言われて必ず護衛の兵を付けられていたから、 あまり気が休まったことが無かった。
久しぶりの一人だけの時間に喜び、このひと時の自由を満喫するのだった。
―――ざわっ・・・
人が居ないのもそれはそれで寂しいが、一人だけの時間も貴重だと知る。
―――がさ、がさ・・・
・・・一人?
「え?誰か来た!?」
湖の茂みから物音がして、はあわてて隠れる所を探す。もしかしたら動物かもしれないが、万が一のことを考えて必死に探した。
が、生憎ここは開けた湖。神の悪戯か、隠れられそうな場所はどこにもなかった。
見つけられる―――!
目を瞑りたくなるが、逆に茂みから出てくる物陰を確かめようと凝視してしまう。
「・・・・・・」
ついに物陰が姿を現した。最悪なことに―――その影は自分がそうでなければいいと思っていた人間―――しかも最悪なことに男――― だった。
・・・しかし、その者はまずはには目もくれず、湖のほとりに置いておいた天鹿児弓と天羽羽矢の入った弓筒を目に留めた。
「・・・そこの君」
「・・・っ」
厳しい口調で言いながらの方向をきっ、と睨みつけ、振り向く。
しかし―――。
「この弓は君の――――――・・・っ!」
おそらく「君のものか」と続けたったのだろう言葉は、途中で途切れた。が恐る恐る顔を見れば何か驚愕してるふうだった。
もしかして、いや、もしかしなくても自分が衣を纏っていないことに驚いているのだろうが。
「あっ、・・・あのっ、これは・・・そのっ、頭をすっきりさせようと思って・・・近くに綺麗な湖があったので・・・!」
慌てて弁明をしようとするが、
「・・・・・・」
目の前にいる深緑の髪の男はを、目を見開きながら凝視して硬直している。
その様子は最早驚いている、というよりかは、それよりも意識ここにあらずといったような感じで。確かに急に女人の裸姿を見れば たいていの男は驚きに固まるとは思うが、ここまで呆けることはないだろう。
一体どうしたというのだろう。
そうこうしているうちにこちらも段々冷静になってきて、顔色に注目してみると、みるみるうちに顔面から血の気が引いてゆき蒼白に なってゆくではないか。
「あ、あの・・・。大丈夫―――」
男が立っているほとりまでは数歩でたどり着ける。どこか調子が悪いのではと心配になり、が近寄ろうとしたその時―――。
―――ザッ!
「っ!」
の白い喉に、男が咄嗟に抜いた金色の太刀が当てられた。
「あっ・・・!」
刀の切っ先が当てられた喉仏から汗がつー、と流れ落ちる。落ちた先は金色の切っ先の上で、そこには驚愕に固まった自分の顔が映って いた。それはそうだ。もう少しで、あの鋭く磨がれた金色の刃で骨ごと断たれていたかもしれないのだ。
が驚き何も出来ずに男の眼を見ながら硬直していると、その男は己のしたことにようやく気が付いたのか、刀を慌てて退いた。
「・・・・・・すまない。失礼なことを―――」
男は剣を握っていない片方手で口元を押さえながらふい、と後ろを振り返ると、
「・・軽率だ。水に入るときとはいえ、武器を手元から離すな」
「・・・」
「俺が敵なら、君は死んでいた」
相変わらず厳しい口調で言いながら刀を元あった腰の鞘に納めて、足早に去っていった。
「・・・あの人、いったい誰?弓を離すなって・・・」
すっかり冷たくなった喉を押さえながら、は思案に暮れた。あの刀を向けられたことは勿論、裸を見られたこととそれを気にもせず注意をされたことにショックを覚えて。
そして何よりも―――。
「あの人の瞳・・・。なにか―――・・・」
水面(みなも)に映ったの頬には、一筋の光が輝いていた。
続
+++++++++++++++++++
もう、どうしてこうも予定通り進まないのでしょうか(知らんわVOKE)
最初たてたプロットでは、もう3話くらいでぶっちゃけ中盤じゃね?あれ?って感じになると思っていたのですが・・・
そんなこと・・・
うん、ないね!!(爽笑)
・・・orz
ということで連載三話目でした。やっとこせ出会い編。
前回が欝〜なものだったため、今回はせめて幸せに・・・
「あ、あの・・・。大丈夫―――」
男が立っているほとりまでは数歩でたどり着ける。どこか調子が悪いのではと心配になり、が近寄ろうとしたその時―――。
―――ザッ!
「っ!」
の白い喉に、男が咄嗟に抜いた金色の太刀が当てられた。
あっれぇぇぇぇぇぇーーーー!!!???(´∀`;)
・・・もう、仕方ないみたいです。だってシリアスの申し子なんですもの。諦めました、ええ。
でもあの白昼夢での泣きやめ忍人さんは個人的に好きです。
いや、だって、本編でそうされたシーンはないですが、想像すると・・・いいじゃないですか。風早とはまた違った安心感があります。
風早は最初から最後まで優しさで包んでくれそうで、忍人はそうでないんですけど、ある意味風早以上のストレートな優しさが垣間見れる というかなんというか・・・絶対困ってるって絶対困ってるって!!
・・・ごほん、まぁ、とにかく萌えなんです。那岐りんとはまた違ったツンデレでね。いいんですよね。
って、なんかまた話脱線してるような気がしなくもないですが・・・(笑)
さて、ようやく本題に入っていけそうな話になってまいりました。ただ、・・・この不思議感を出す作業は本当に文章が単調になって しまうので困ってしまいます。もっと文章が上手くなりたい。
そんな年頃です。
挿絵とかもそのうち描けたらいいな〜なんて思っています。
文章だけでは上手く伝えられる技術がないって哀しいです・・・ね・・・ふふ。
では、また。
琴
15:20 2008/09/03