第二話「叛乱」

 



どうしても、喪えないものがあった


どうしても、喪ってはいけないものがあった


そのためになら、国なんていらないと思った。




私は――― 今、幸せ でしょうか ―――。








<「再臨詔」第二話「叛乱」>







「これより、葛城忍人将軍の葬儀を行います―――」

葬儀場には当日、非常に多くの人が集まった。


忍人が率いていた狗奴の国の者は勿論、本来は自由奔放に動く日向の国の者、途中から志願して兵士になった者、葛城の族の者をはじめ 彼の族に縁の深い者、中つ国再興に関わった軍属はほとんど葬列に加わったが、更に加えて、戦に関係の無い民間人までが葬列に加わり たいと願ってきていた。
話を聞けば、忍人率いる軍は民間人に対し余裕あらば自分たちの食料や用品を分け与えていたらしい。本人が言うには「村を戦場にして しまったことへのせめてもの謝罪と慰めのため」だったという。
時には民間人を護るためだけに派兵してくれたこともあった。そしてその軍の力も確固たるもので、機動力には優れ実際の戦闘になって もほとんど臆する者もいなく、勇敢に戦い、勝利してくれたのだと。
軍にだけではなく、民間人にも多くの恩恵を与えてきたことに、皆は身分関係無く涙した。
数々口にされる感謝の言葉に、兵士をはじめ彼を誰よりも慕っていた部下の足往は大声を上げて泣かずにはいられなかった。

「忍人さまは・・・国を・・・姫さまを護って死んだんだ…。泣いちゃいけない、って・・・わかってる、けど・・・っ!だけど・・・だけどぉっ・・・!」

「足往・・・」

遠くでもわかる、足往の泣き声。そしてそれを宥める沈んだ道臣の声。


「葛城の族のなかでも・・・ご身分が高く将来も有望だったのに・・・」


遠くでもわかる、親族の怨嗟と落胆と涙の声。
彼らとは違い、涙を流すことさえ赦されないは、皆とは離れた王のために用意された高台から冷たい表情でそれを見ていた。


『ごめん・・・ごめんね・・・。・・ごめんね・・・』


ここに集まった人間の数は葛城忍人という人物が、どれほどの器量の男だったのかということを象徴しているようなものだろう。
普段は律しは厳しく、酷く冷酷で、無愛想だが―――誰よりも純粋で優しく、芯の強い男だということを。



そしてその貴重な存在である彼を失わせてしまった自分を呪って。
謝罪の言葉しか出てこない。




いつか聞いたあの言葉。



。俺は、君のために生きてみたい―――』



脳裏に反芻するのはその言葉と悔恨の音。どうしてあそこで止められなかったのか、と。軍から除名してでも、どんなに嫌われてでも、 あの時点で破魂刀を使用するのを食い止められれば―――ああ、しかし、いくら悔やんだとしても、嘆いたとしても、祈ったとしても ―――彼が返ってくることはない。
絶対にない、のだ。


だから、謝罪の言葉しか浮かばなかった。
何度も何度も、もう何万回思ったか知れない。「私のせいで、ごめんなさい」と―――。









「陛下・・・お言葉を」

「あ・・・っ」

ふと、隣に仕えていた采女にそう言われて気が付いた。
いつのまにか目の前には先ほど洞窟で見たときよりも豪華な棺に横たえられている彼がいた。しかしまだ蓋が被さっているので、 姿を確認することは出来ない。
先ほどの打ち合わせの予定ではここで、王である自分が棺の蓋を外し、皆の前で仏の御魂が極楽浄土へ迷うことなく導かれるよう、かつ ての葛城の族の御魂にむけて祝詞を詠むことになっていた。

気が付けば、皆の視線が自分に集中している。しかし・・・今ここで忍人の亡骸を目にして、先ほどのように取り乱さないでいられるだ ろうか。いや、それ以前に―――忍人の死を、本当に自覚してしまうことが、怖かった。出来ることなら、信じたくなどないのだ。
まだ、生きて眠っているだけだと―――信じたい。


「陛下・・・」

しかし、涙に暮れた仲間の視線が、凍っていたの指を動かした。

「・・・・・・」

幾千といった花に囲まれ眠りこくる忍人が、そこにはいた。先ほどと全く変わらぬ表情で、彩られて。
心地よい花の芳しい香りと静寂が互いにこだまする空間で、陽光がまるで彼を祝福するかのように差しこみ照らす。

「・・・忍、ひと・・・さん・・・」

ここで、自分は笑って祝詞を詠まなければならない。悲しむのではなく、浄土での忍人の新しい生を祝福して送り出してやらねば ならないのだ。


だが、笑顔が、笑顔が―――歪む。


「ああ・・・」


冷たくなった頬に触れると、途端に涙が溢れて視界が滲む。
いけない、泣いては、いけないのに。


「陛下、お言葉を―――」

「・・・・・・・・・・・」

「陛下・・・!」

せかされて、ようやくは口を開いた。


「葛城将軍・・・あなたの勇敢な戦績は多くの者に語り継がれ・・・中つ国再興の英雄として賛美されるでしょう・・・」

言葉はふるえ、喉は照りつき、涙はこぼれそうになる一歩手前で抑える。
口には無理に笑みをつくり、「これが最後」と言い聞かせる。


「栄光は英霊葛城忍人とともに、世々に、あれ―――」


そう、口にした瞬間、とうとう抑えきれない涙が亡骸の頬に落ちた。


「!・・・陛下―――」

涙を見た、そばに控えていた狭井君は眉をしかめる。英霊を送り出すことに涙とは縁起の悪い、なんとも忌々しき事態だと。

「陛下、お辛いでしょう。しかし、葛城将軍はこの国を護った英雄なのです。皆の前で陛下が泣かれては、皆が動揺しますゆえ・・・。さ、お顔をお上げになって」




―――そんなの、わからない。

―――わかりたくも、ない。



喉が焼ける、指先や足先、全神経がじんと膨れたような感覚が襲い痺れる、顔には血液が集まり涙は止め処なく溢れる。



『慈悲深き我が君。貴女自身の幸福は、一体何処に行ってしまわれたのですか?』




―――ふと、耳底に響く、深く柔らかい、柊の言葉。





・・・かさり。




「!」

の胸元から、竹簡が転げ落ちた。
これは、先ほど柊からもらったもの―――あのときはもらったが、後で竹簡を――自分で忍人と決別をつけようとし――焼こうと していたのだ。








『 貴 女 自 身 の 幸 福 は 、
 
 
  一 体 何 処 に 行 っ て し ま わ れ た の で す か ? 』









―――こくり。



の喉が鳴る。







『 私 は ――― 
  

  大 切 な 人 を う し な わ な い よ う な 平 和 な 国 を 、 作 り た い 』






『 こ の 国 の た め に 、
 

  生 き な け れ ば な ら な い ん で す ――― 』





「・・・?陛下・・・?」


顔色を伺うためにすっと席を立った狭井君は、次の瞬間息を飲んだ。






「私は・・・こんな国、いらないっ!!」






「陛下!」


だっ、とは出口に向かって走った。
ざわめきたつ会場。兵士は呆気に取られてなにもできずにいた。


「狭井君、いかがいたしましょう・・!?」


采女たちは驚き動転し、あわてふためきながら狭井君に命令を仰ぐ。


「・・・王が国に叛乱するとは忌々しきこと・・・。今直ぐ追っ手を差し向け、捕らえよ!」

「はっ!」

「最悪の場合、撃ち殺してもかまいません」

いくら政を担っているとはいえ、王であるの体調が優れないからという理由のもとで、だ。
その彼女の大それた命令に、采女をはじめその場にいた兵士も誰もが凍りついた。しかし、


「早く行きなさい!これは中つ国の千年の平穏を脅かす一大事なのですよ!」

「は、ははっ!」

鬼のような剣幕に事の重大さを感じ、兵士は武器を手にしての逃げ出した出口へ向かった。



「狭井君―――」



ばたばたと慌ただしく駆けてゆくなか、彼女は冷酷な表情でたじろぐ采女にこう命じたのだった。




「・・・今すぐに似た少女を全国の村々から捜し出しなさい。・・・国に王は二人、いらないのですから・・・」




















は走った。ただ、ひたすらに。
王の豪華絢爛な衣に何度も躓きそうになりながらも竹簡をひしと抱いて、走って、走って、走って。


「はっ・・、はっ、は―――・・・っ!」




ひゅんっ


目まぐるしく景色は変わり、転びかけたの頬に音を切った矢がかすめる。
狭井君のことだ―――予想はしていたが、本当に向けられた牙の痛みに、胸がずきりと痛んだ。
眠り矢かと思い急ぎ血を絞り取るが、矢をよく見てみると毒のようなものは塗られていなく、眠りに誘われることもなかった。

ということは、この矢は―――。



―――そうか―――。



今の政を担っているのは狭井君だ。「逃亡者」が王など周りに知れれば大変なことになる。ようやく纏まりかけていた常世と中つ国に 再び「揺らぎ」が生じ、混乱が生じるだろう。
そして、黒龍無きこの豊葦原に恐れるものはない―――つまり、白龍の恩恵を受けずとも、恵を受けられる状態なのだ。

恥になる王だというのなら、自分に似た代わりの王を立てればいいだけのこと―――。


「―――くっ!」


天鹿児弓は今ここにはない。応戦もならぬまま、はただただ、「時空の狭間」ある場所へ向かう――。

森に身を隠し、地を這って追っ手から逃げ、また走り出す。泥だらけになってしまっても、そんなことも関係ないとさらに汚して先へ、 先へ。時折、最後に風早に甘味を貰ったことに感謝しつつ、川の水を飲み、ひたすら逃げ、走った。







***



・・・何日走ったのだろうか。もう、追っ手はやってこなかった。大方、狭井君が追撃を諦めてくれたのだろう。


「はぁ・・・はぁ・・・は・・・はっ・・・・・・」


ふらふらと、もう意識すらもおぼろげになってきていた。何日にもわたって走ったので、足ももう鉛の棒のように重く固い。
途中、落ちている木の実を摂っては命を繋いできたが、流石にもう限界か―――もう少し、風早の言っていたように食事を すればよかったかな、と暢気なことを考えながら、身体から力という力が、抜けてゆく。


『折角、追撃がやんだのに・・・。
 私は・・・時空の・・・はざまへ・・・いかなきゃ・・・ならない・・・』


地に伏せ、身体は微動だにも動かせない。小鳥が囀る声も、風のそよぐ音も聞こえない。ここがどこかも、最早忘れてしまった。
時空の狭間から、一体どのくらいの距離にあるのだろう、ここは。
そんなことが頭をぼんやりと過る。


『行かなきゃ・・・な、らない・・・・・・のに。か、身体が・・・重い・・・』


全身の筋肉が弛緩し、今更呼吸ひとつすることがとても大掛かりなことなのだと認識する。
瞳を覆う瞼も、自然と下がってくる。






―――ひら・・・ひら・・・






『・・・さ・・・くら・・・?』


閉じかけた濁った瞳が映したのは、が倒れる場所に無数に降り注ぐ桜の花びらだった。



『・・・おしひと、さん――。 あなたは、かなら ず ―――


 わたしが、た す ける 、   か   ら    ―  ―― ― ― ―』





陽光を反射する桜の舞いを焼き付けた瞬間、の意識は深い闇へと落ちて行った。
















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さて、連載第二話、いかがだったでしょうか?
ようやく叛乱してくれました、ちゃん。

またもや辛いシーンですね・・・。もう、書いてるこちらが胸が苦しくなりました。てか、いい加減忍人に何か喋らせたいんだYO^^

そして狭井君、強いですねーwww

私の中の狭井君は、こんなかんじなんです。「中つ国」のためなら汚いことでも何でもやる、影のボスのような気がするんです。
だって布都彦の話見たら誰もがそう思うはず・・・!て、私だけ?^^;
いや、彼女も彼女なりの信念があって行動しているわけですが。てか狭井君ってすごく王の資質あると思うよ!ww

信念といえば。
何故は逃げ出したのか――なんてことを言うような無粋なことはいたしません(笑)
全ては冒頭の独白に込めておきましたので。


個人的にはもうちょっと葛城の高貴な身分だった、というところを強調して書けたらよかったかなーととても後悔しています。
このご時世身分というものは大切ですからね。神様ですからね!凄いなぁ^^^^^^


さて、次回からいよいよ初めての転機の先のお話が待っています。
といっても・・・少し、唐突な感じがするかもしれませんが・・・。


ではまた、次回まで。






12:26 2008/09/02