第十九話「絶対死、即ち幸福」





「――――――時は、存続した」


「しかしまだ星の河は架からない・・・。 ですが、白き龍を守護する我らの希望は、まだ潰えていなかったということですね」


「誇り高き青龍が与することにも驚嘆の意を隠せぬが、まさか主までその力を委ねるとはな――――――知嚢雲水、玄武よ」


「・・・懸けてみたいと願ったのだ。 最早、黒き悪疫により賽は投げられたのだから・・・」



数々の声が出雲の空に響く。この世のものとは思えないくらいに美しく晴れた天空に、何回も何回も。



「すべてはあの要の神子と――――――我の守護星、弱き禍津星に」




最後に、亀の形を有した神は言う。





「禍津星――――――主の贖いの彩は何色なのか、しかと見届けさせてもらう――――――・・・・・・」






<「再臨詔」第19話「絶対死、即ち幸福」>




ああ―――光が降り注ぐ・・・。
まるで恵の雨を実現するかのように、暖かくふりそそぐ光の粒。それはやがて雨に変わり、晴天から降る天気雨となった。



雨垂れが船壁の石を打つ優しい音を耳にして、ようやくは目を覚ました。


「・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・あ・・・れ、わたし・・・・・・」


重くはれぼったい目をあければ、そこは見慣れた部屋―――天鳥船の自室だった。なんでこんな所にいるのだろうと思って最後の記憶を辿ろうとしてもまだ頭がぼうっとしている。何か、大変なことが起こったのに・・・思い出そうとしても、頭になにやら靄のようなものがかかって、思い出せない。
暫くそのままで、はまずは落ち着くために深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして目をごしごしとこすって鳥のさえずりに耳を澄ませるうちに、段々と蘇ってきた。




バンッ!



途端、勢い良く扉を開けて、どこかに人はいないかと確認する。が、いつもならこの長い廊下をひた走るうちに誰かしらに出会うはずなのに今日は全く出会わない。普段は心地よい静寂も今はとても恐ろしいものに感じられて、は尚更焦って楼台へと進路を取る。途中角を曲がるときに体が引っ張られようがその僅かな時間さえも惜しくて、不恰好なまま足を運ぶ。
自分の記憶が確かなら、あの出雲での事件以来仲間とはすっかりはぐれてしまっていた。もし、このまま一人でいることになったら・・・そう思うと身の毛が弥立つ。



「みんなっ!!」



また皆と離れ離れになるなんて、絶対に、嫌――――――必死になって、重い扉を力いっぱい開けた。
すると、そこには。




「おや、。 起きたんですか。 疲れたでしょうから、もっと休んでいてもよかったのに」

「かざ・・・・・・はや・・・」

「おはようございます、我が君。 この光に満ち溢れた朝は如何ですか? なんとも、生まれ変わった豊葦原を祝福するかのようで、美しいでしょう」

「ひいらぎ・・・・・・」


朝日を目一杯蓄えた楼台には、見慣れた彼らがいて―――安心したの瞳に、思わず熱いものがじわりと滲む。
だが・・・。


「遅いな。 一体君はいつまで寝ているつもりなんだ」


そう、ひとり寝ぼけ眼のを辛口で出迎える者がいた。すみません、と口にしようとして彼の方を伺ってみれば、しかし彼の口元は笑っていて。困ったように、照れるように、そしてなによりも嬉しそうに・・・様々な感情をその皮肉に浮かべていた。


「まぁまぁ、忍人。 君だって、さっきまで休んでいたんだからおあいこでしょう」


え・・・?とは風早に尋ねる。


「「え?」じゃないですよ。 ―――は、忍人と一緒にあの黒龍を退けたじゃないですか」


そこまで言われて、仲間を発見して落ち着いた今になってようやく思い出してきた。


―――あの運命の日・・・七夕の夜。この世界に価値を感じなくなった禍津日神こと黒龍は完全復活を果たした。そして人間を根絶やしにして世界を終わらせようとその猛威を振るったのだ。
そのさきがけとして、螺旋伝承の要であるを殺そうとした。偶然か、必然か―――彼女は偶然その場に居合わせた忍人と逃走を始めたが、神の目は眩ませることは出来ず見つかってしまう。
そしてついに周囲を炎で囲まれ逃げ場を失った二人は過去の伝承、そして今回の伝承に絶望を感じ・・・お互いの命をお互いの手で終わらせることを決めた。
忍人の破魂刀の片方を手に取り、黒龍の死の一手が下されたと同時に―――二人はその刀をお互いの心臓目掛けて勢い良く刺したのだ。




(刺した・・・・・・・・・・刺し・・・た・・・?)



そこまできてのなかで疑問の声があがる。
刺そうとした記憶はあれど刺した記憶は・・・その感触はない。
おぼろげに覚えているのは、あの時―――破魂刀が互いの胸に届いた時に何か暖かいものが身体を包んだ。そして同時に・・・何か声のようなものを聞いた気がする。
その声が凛と響いて、共に死にたいと想った気持ちが生へと引き戻してくれた。死へと思いが近寄るにつれて、その思いは反発するかのように生へとしがみついたのだ。
「本当は死にたくなんて無い、本当はただ一緒に、生きたい」と強く望んだその時、優しい光が身体を包み込んで、あの黒い龍を射った。天を見上げれば四の光り輝くものが舞っていて、揺れる視界の端で世界は碧を取り戻していった・・・ような気がする。

そして気がついたら、刀を手放して――――――。



「おや、我が君。 熱でも召されましたか? まあ、あの雨のなかで昏倒していたならそれも・・・」

「えっ? うっ、ううん、なんでもないよ柊。 うん、なんでもない」


顔に血液が集まって火照った顔。それを横目に見た風早は優しい目で見やり、そして察するかのように話題を変えた。



、早速で悪いですがきちんと聞いてくださいね」


普段とは違った、真面目な金色に瞳を奪われる。その様子を見れば、何か大切なことを言われるのだろう。
は意識を集中させた。


「あなたと忍人は―――出雲から逃れ、この熊野近辺までたどり着きました。 出雲での急襲でばらばらになっていた俺達もなんとか逃げ延びた人々を率いて、単独行動をする天鳥船に導かれて君達を追うことが出来た。 そして君たちは黒龍をあの光で退けたんです」

「うん、そう・・・みたいね」

「ええ。 現在、船はこの熊野に落ち着いています。 出雲にいた将兵や民もこの熊野の直轄領に現在駐在させています」


出雲をはじめとして、暴走した黒龍をその力でねじ伏せることが出来なかった常世の国の軍事力は壊滅状態―――大半の軍の人間はその業火に焼かれて皆命を散らした。
そしてこの進軍の指揮を執っていた敵国の皇子二人と、巻き込まれた八雷のうちの一人シャニは捕らえられ、今は何百人かの兵と共に熊野の神邑にその身をおいているという。



「一時休戦状態になって、ひとまず熊野に―――そうか、ここには・・・」

「そう、あの中つ国の女傑、先見の狭井君がいらっしゃいますからね」



狭井君―――彼女の名を呟くの言葉は硬い。
それも無理は無いだろう・・・はじまりの伝承から一つ前の伝承までに―――彼女の手にかかって命を失ったことは何回かあった。何よりもこの国の未来を憂い、冷酷かつ残忍に国政を執り行う賢女、そう形容するのが一番ふさわしい女性だ。
のなかで黒い気持ちが渦巻く。
彼女に憤りを感じずにはいられない―――だが。

だが、彼女もまたこの国を案じる一人なのだということはこの幾千年続く伝承のなかで痛いほどわかっていた。
軽蔑することは簡単だ。しかしこのままそのわだかまりを抱えていて、将来向かうべき困難に立ち向かえるのだろうか・・・そう考えると、は違うと言い張れた。この国を、この世界を憂う者同士―――必要なことは恨みあうことではない。



「狭井君に、お目どおりを許すように伝えて。 それと―――・・・・・・」



そう、今は互いに王だ、国だともめている場合ではない。



「私を神邑の、アシュヴィンのところへ連れていって」



世界は終焉に向かって引きずられてゆく。強大なもの・・・創造の父、神によってその伝承を終わらさせようとされているのだ。
しかし今まで悲劇の伝承を辿ってきたは強く、思う。
いくらこの世界の森羅万象を創ったのが神であったとしてもあんなにも簡単に、大量の命を奪うことなど許されるはずもない、許せるはずもない・・・。
先ほど兵がいなかった理由にようやく気がついたの瞳には、その事実に屈さぬ強く清らかな光が宿っていた。






***



ぴちゃん・・・ぴちゃん・・・



薄い闇が広がる廊下は、まるで底なしの地獄へと続いているかのようで恐怖すら覚える。篝火もほどほどに、足元は暗くておぼつかないくらいだ。それは囚人が逃走を計ったときの用心のためだという。
最下にたどり着くまでの廊下には無数の鉄格子が張ってあり、そのなかでは捕らわれた敵国の兵の黒い影が不気味に蠢いていた。そして彼らから浴びせられると忍人に対する、世界に対する怨嗟の声。

―――あの七夕の日以来、今までの伝承での記憶はと忍人だけではなく、世界中の人間に伝播した。

将兵も村人も、この世界に暮らす人々全員が、今までの螺旋伝承で何回も死んでは生まれを繰り返していることを思い出したのだ。
そして、その悲劇の伝承の要となった彼らの「わがまま」―――二人のわがままのせいで大切な人を繰り返し失うことになった人々の怒りはもっともで、はその声に耳を塞ぎたくなる。


、・・・見るな」


後ろを守るようにして歩いていた忍人はそう小さく呟く。
だが、は決して目を背けなかった。たとえ目を閉じたくても、耳を塞ぎたくても、この自分達のわがまま―――願いの果てにある事象から目を背けていては今までとなにも変わらないから。
しっかりと、耳を澄まして、目を開いて直視せねばならない。今まで誰も守ることの出来なかった自分なら、せめて思いだけは受け止めなくては何も変わらないから。


「中つ国の王・・・孤狼将軍! 貴様らにたった一人の子供を何度奪われたことか・・・! この牢から出たら絶対に、貴様らに復讐してやるッ!!」

「―――――――――・・・・・・」


・・・・・・だが、彼らに最早その力が残されているとは思えない。万が一、彼らが愚かな考えをしていたとしてもこの国は軍事力を切り札に使える。
―――弱みや犠牲を選択肢の強化に使うのは少々卑怯な気もするが、こうするしか今は生き残るすべはない・・・大儀を守るためなら、多少の痛みは伴わなければならないのだ・・・そう言い聞かせて、唇を一文字に結んだは風早たちに守られながら最下の階にたどり着く。






ゆらゆらと揺らめく松明に、暗さに慣れてしまった目は眩みをせずにはいられなかった。


「・・・・・・なんだ、白き龍神の神子よ」

「・・・・・・・・・」


一段と暗くなっているその場所からは格子越しに、聞きなれた声が聞こえてきた。


「常世の国が皇子―――ナーサティヤ、アシュヴィン、シャニ・・・」


ふと闇のなかから覗く緋色の目と視線がかち合った。その色は清水よりも清らかで、そして柔和だ―――アシュヴィン、彼もまた、すべての伝承を思い出しているのだろう。蔑みや恨みの言葉の一つや二つ言われるのだと構えていたが、彼は何も言わない。先ほどの将兵たちのように、自分たちが叶えたかった願いに対しても特に何も言及することもなかった。
また、まるでアシュヴィンの述べる言葉が総意だとでもいうように、シャニも、あのナーサティヤさえ何も言わずにそのまま二人の動向を見守っていた。


「ここに幽閉した奴らの思いはもっともさ。 奴らにはこの何千年か、ずっと恨まれ続けていたのだからな。 ・・・俺の―――俺達の振るった刃が、奴らの大切なものを何千回と奪ってきたわけだ」


ふ、と笑いながら言った言葉の調子はどこか諦めすら含んでいて。


「その罪の代償だというのなら、この仕打ちは安いものだ。 万一、死をもって償ったとしても釣りがくる」

「そんな・・・」

「―――大切なのは目先のことじゃない。 もっと広く・・・大きな視界で、諦めることなくあの太陽に抗い続けていれば、こんなことにはならなかったさ」

「・・・・・・・・・・」


誰もが何も言えず押し黙るそのなかで、牢の中にただ静寂がこだまする。たまに聞こえる雨漏りの音だけが、寂しさをより引き立てているようだ。
そして静かになるにつれて聞こえてくる階上の声―――二人の、わがままに対する苦悶の叫び。
耐え切れず、ついには口火を切った。



「そんなこと言わないで・・・」

「・・・・・・?」

「あなたがこんなことになったのは―――私のせい、でしょう?」

「お前・・・・・・」

「私が・・・私があの時、世界よりも大切な人を選んだから・・・! 私がわがままを叶えたから・・・だからあなたは今ここで、ただ命果てるのを待つだけになってしまったんでしょう?」




そんな優しい言葉を言わないで。いっそ責めて、詰ってくれればその方が・・・。
声を荒げて身を乗り出せば、近くで護衛にあたっていた風早に格子の一歩手前で止められる。窮屈に喘ぐ蒼穹の色は、澄んだ緋色と交わり、一際大きな声は上の階まで聞こえたのだろうか。
あれほど騒いでいた声は一瞬収まった。



「お前・・・・・・」



ふ、と口元が緩む。



「本気で、言ってるのか?」

「・・・・・・っ!」

「本当は『許してほしい』・・・。 そう言いたいんじゃないか」



その柔らかな、すべてを無言のまま包み込むような微笑に、過去が滲んだ―――


どの伝承でも、最愛の人間と結ばれることのなかった。彼女は豊葦原平定後、その身を敵国の皇子アシュヴィンに捧ぐことが多かった。すべてはこの世界のため、恒久平和の実現のため・・・王族に生まれたものが必ず経験する『政略結婚』。
しかし心のうちを悟れぬアシュヴィンでもない―――婚礼の儀が行われている時のあの、の寂しそうな笑顔。彼女の凍った微笑に本当の幸せはないのだと、気付かない時はなかった。



「・・・俺は、許してる。 と、いうか・・・許すというその行為すら可笑しなことだろう?」

「え・・・・・・」

「お前はただ、自分という一人の人間の幸福を守りたかっただけだ。 考えてもみろよ」

「・・・・・・」

「人一人の幸福も守れぬ者が、この世界を導くのにふさわしいと思うか?」






『慈悲深き我が君。貴女自身の幸福は、一体何処に行ってしまわれたのですか?』―――はじまりの伝承、忍人の棺を後にした時に言われた柊の声が脳に反芻した。



「・・・・わ・・・・・・わた、し・・・・・・はっ・・・・・・・・・」

「まぁ、その『わがまま』とやらの贖罪で俺達を解放しにきた、なんて要求は毛頭飲むつもりはないから諦めることだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「まだ気がつかないのか?」


俯くように地面をただ見つめてしどろもどろするを見かねたのか、アシュヴィンはついに立ち上がって、の視線に自分の目線を合わせた。
それでも後ろめたいからか、は目線を頑な避けようとする―――仕方ない、とアシュヴィンは決し、格子の間から手を差し出してそのまま暗くなった彼女の頬に手を当てるようにして片手で顔を持ち上げた。




「遙か昔から――――――皆、お前の幸いを祈ってる」


「・・・っ」


「・・・おいおい、そんな情けない顔で泣くなよ。 お前を泣かせるために、幾千の伝承を経てきたわけじゃないんだからな」






―――なんだか、今日は泣いてばかりだ。
一番傍にいたのに、一番傍にいれなかった。彼の心を受け入れようと、愛情を信じようとしてきたけれど結局は『もし』の後悔にさいなまれて彼を直視することが出来なかった。
いつもアシュヴィンの心は遠い常世の国にある。いつも、自分の心は忍人にある。その距離はこの先永遠に縮まることはないだろう―――そう思ってきたのに。
そう思っていたのに、こんなにも近くに彼はいた。そしてこんなにも愚かな自分を大きな優しさで見守っていてくれたのだ―――。


『わがまま』を責められても仕方ないと思っていた。なによりこの世界を捨ててはならない自分が自分の幸せを追求したことを責められてもそれは自分と同じく大切な人を失った人からしてみれば当然のことだから。
そう信じていた。なのにこんなにも、許されるということが嬉しい、心の底から安堵するものだなんて。
いつも、自分の本当の思いに気がつくのはこんなにも自分が惨めなことを知らされてからだ・・・。


箍がはずれたのか、涙はどうしようもなく溢れて出てきた。先ほど仲間と再会した時と同じくらい、理性の制御が出来ない。



でも、子供のように声を上げて泣くのはもう、あの時だけで十分だ。




「ほら、泣くなよ。 ――――――あまり俺が涙を拭っていては、本来その役目を担っている人物が焼きもちを焼いてしまうぞ?」

「・・・?」


困った顔をして、そしておおげさな声音でアシュヴィンは後ろに控えていた人物をわざとらしく見やる。その視線に気がついたのかも後ろを振り返れば―――意味が良く分からないといった様子で二人を見つめる忍人がいて。
それを見たアシュヴィンは誰にも聞こえないような小さな声で「不敗聡明な葛城将軍も、色恋沙汰には疎いらしい」と囁いて、二人共に笑った。
その朗らかな笑い声は、長年二人の間にあった溶けない氷をゆっくりと溶かすかのような、暖かいものだ。




そう、声を上げて泣くのはあの時だけでいい。



ようやく『ふたり共に生きたい』と、この白紙の世界に産声を上げた、あの時だけで―――・・・・・・。

























「―――・・・それで、お前はこの世界をどうしようと思っている」


ひとしきり笑った後で、アシュヴィンは不意にそう尋ねてきた。


「一応、四神の協力を得たたちが放った恵の光によって世界は一時的な平安を取り戻しています」


・・・ただ―――二人を見守るようにして今まで壁際に佇んでいた風早は壁から身を離し、そう渋い口調で顔をしかめる。


「一番根深く土壌汚染が進んでいた地域、つまり高千穂近辺から世界は崩落を開始しています」

「なっ・・・・・・!?」


だけではない。その場にいた誰しも息を飲んだ。
そのなかで、いち早く忍人が声を荒げた。


「何故だ! 黒龍は俺達が撃退したんだぞっ」

「ええ、ですがそれも一時の間です。 黒龍は最後に言いました。 人々がいかに世界を存続させようと最早審判は下った、我は復活す・・・近き日のうち、この豊葦原は涅槃寂静の世へと帰すだろう・・・と」

「撃退しても、無駄ということか」

「残念ながら。 俺達が最初に降り立ったあの地は、現地の兵からの文によると最早崩落してしまったみたいだ」


あの光の雨は確かに全世界に再生と豊穣の恩恵を与え、大地崩落の時間を緩めたという。しかし、緩めたといえどこの大地の消滅が少々遅くなったというだけであって、穢れの力がより強力に及んでいた地域は次々と崩れ去っているらしい。


「待て・・・。 風早、崩落した地はどうなる?」


皆が信じられぬ事実に目を丸くし何も言えなくなるそのなかで、ふと忍人は疑問の声を上げる。
そして問われた風早は一瞬答えるのを躊躇ったのか口を濁し、しかしやはり言わねばならないと決したのだろう。皆の方をしっかりと見て、毅然とした表情で答えた。




「その大地に根付いている人間もろとも無に飲み込まれ、最終的にその空間はこの螺旋伝承から完全消滅し、全てが飲み込まれた後は・・・」

「・・・・・・」

「この伝承という時間連鎖すら無に飲み込まれ、二度と人間の時空は生まれることはなくなる・・・!」



螺旋伝承という猶予は無い、今までとは全く違った完全消滅という断罪―――それが罪深き人間が犯した大罪への、神の裁き。
この世界を創った龍神の使いの風早が述べようとしているのはつまり、そういうことだった。


があのはじまりの伝承で螺旋伝承の秩序を乱してからというものの、神はそれでも人間に猶予を与えた。の変えようとしている螺旋伝承の未来に希望を見出したから、彼らは二人と仲間の創る未来を見てみたかったのだ。
しかし―――神の下した審判は最も重い断罪。
出雲でようやく神意を示せたのかと思いきや、むしろ最悪の結末に向かって世界は加速していっていた。



「・・・・・・でも」


あまりの驚愕にしぃんと静まり返った牢獄で、凛とした声が耳をそばだてている全ての階の人間に響いた。


「それでも、私は抗い続ける。 世界はまだ終わったわけじゃない―――たとえ何も守ることの出来なかったこの脆弱な手であろうとも、皆で心をひとつにすればきっと神は応えてくれる」



それが、大きな過ちを犯してしまった人間のせめてもの『贖罪』。



「皆の笑顔を、幸せを―――たとえ神であろうと奪わせるわけにはいかない!」



そしてそれが、無慈悲な神に対するせめてもの『断罪』―――。






皆が皆、笑ってただ一緒に生きたいという産声が、この世界の父に伝わるというのなら。
その父が、本当に子供たちの未来を愛してくれているというのなら―――・・・。





「私は、神を信じるからこそ、神に抗います!」





きっと、神はその底知れぬ愛情をこの世界に示してくれるはずだから。






まるでこの薄暗い牢獄に眩い日の光が差し込んだようだ。
の瞳は空色に輝き、迷いを含んだ光は一切なかった。




・・・・・・ああ、の言うとおりだ」



風早が、感動を堪えきれないといった面持ちで声を発した。その証拠に声は震えて、高ぶっている。



「父がその座から立たぬというのなら、無理にでも立たせて、要求をのんでいただこう」



腰に挿していた破魂刀に手をかけ挿しなおした小気味良い音が響く。忍人の表情も晴れやかで、以前のような鈍い迷いは消え去っていた。
狭い牢獄ゆえに階段で警護にあたっていたほかの仲間にも聞こえたのだろう。上階にいる囚人たちも、その強い言葉に何も言うことが出来なかった。






―――ガチャ・・・




ふと、格子が揺れる音がした。







「俺をここから出してくれ。
 気高き常世は、中つ国―――この世界の王に心奪われた」











 世界は、変革の時を迎える。



 その方向は果たして、最悪の結末か


 
 それとも



 続く栄光の未来か・・・。
















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はい、転機からようやく経った1話目でした。
平和になったかと思いきや、再び忍人と千尋を襲う問題―――世界が本当に終わってしまう。
無に帰るイメージは風早ルートのときみたいな感じです。すべてが虹色の空間に飲み込まれて
消えてしまう、みたいな。

今回は 大きなあやまちから目をそむけてはいけない。
そして、人間を作ったのは間違えなく気まぐれという名の愛情から生まれたものだと思うので
神=父の優しさを信じるからこそ、訴えは容赦なくし、認めてもらう―――いわば反抗期・・・ではなく
人間のアイデンティティを確立するために立ち上がるってところを書いてみました。

と、いってもその憤りの感情はあまり描写しても、読者様はおそらくもうすべてのお話をプレイしている
でしょうから、その時に理不尽に奪われた生命に対しての憤りを描いても仕方ないと思い、あえて描きません
でした。はい。のっと手抜きんぐ!笑

さて、この後、一見平和に見えるこのお話ですが―――ここで終わらせないのが私です。ドS!笑
またまた忍人と千尋に特有の問題が立ちはだかってきます。
早く幸せになって欲しいなぁ、と思いつつも、ね。笑


ではでは!


2:30 2009/03/02