第十八話「生きたい」





桜が、降る・・・降る・・・。


まだ過去の伝承を見ているのだろうか。


いや、きっとそうだ。今は夏の真っ只中。桜など降っているはずなどない。



「・・・おわ・・・ます・・・我ら・・・み、よ」



真っ暗な天からは桜色よりも薄い色をした光が降り注ぎ、唄が聞こえてきた。全てを思い出した今、この声が誰のものなのか容易に分かる。
しかし、遅すぎた。全ては遅すぎたのだ。
いつもそうだった。思い出すのは一つ前の伝承ばかりで、なおかつ相手が死んだその衝撃で思い出すことがほとんどだった。




「・・・二ノ姫」



聞き慣れた声はひどく、懐かしい気がして。






<「再臨詔」第18話「生きたい」>





は心地よい歌声と共に目を覚ます。
と、そこには原生林に囲まれた洞穴の中で暖をとる忍人の姿があった。
自分は暫くの間意識を失っていたのだろう。横に寝かされており、上に申し訳程度にかけてある麻布が暖かかった。
ゆっくりと起き上がって、そして見つめる。


先ほどまでとは違う、何もかも悟った瞳は柔らかな炎に照らされて、綺麗だった。


「・・・・・・こんな時だというのに、まだこの周辺は原生の美しさを残している」


ふと忍人は瞳を逸らして、洞穴から少しだけ見えている天を見上げた。彼が口にするように、まだこの周辺に自分達がいることにあの龍は気づいていないらしい。夏の夜に鳴く名を知らぬ虫がそのことを告げていた。


「見えるか?」

「え・・・?」


彼と同じ方向、天を見上げて見れば、そこには星々が煌々と照っていた。周囲に火気は無いため、それだけがまるで二人を照らすスポットライトかのように、この狭く薄暗い場所に入ってきている。


「あの一際眩しい星と、もうひとつの眩しい星をそれぞれ男星、女星として見立て、普段は会うことも許されていないのだという」

「・・・・・・」

「君の世界では『七夕』というその祭りの日・・・年が明けてから百と八十八日目、今日という日だけは、あの星の帯を渡って二人が逢うことが許されるという」


柔らかくも爛々として降り注ぐそれは、どこか哀しい色をして。
異世界の橿原ではあの星に願いをかければ叶うという言い伝えを思い出し、はきゅ、と唇を結んだ。




「君の言うように願い事がもし、今、叶うのだとしたら―――・・・・・・」






何かを考えるかのように少しの間が開き、そして、次を続けようと意を決して口を開いたその時―――再び、あの腹の底に響く振動と破壊音が二人のもとへと響いてきた。



「・・・ここには長く居すぎた。 ・・・行くぞ」



まだ頷いてもいないのに、忍人は強引にの手を掴み、再び暗闇の中へと駆けてゆく。

も知っていた。

もう、忍人との時間があまり残されていないことを。



だからただ、こうして死から走って逃げている時間すら愛しくて、どうしようもなく悔しくて、哀しくて、ぽろぽろと涙が溢れる。
願い事が叶わないのは、何も守れないのは、いつの伝承だって同じだったのだ。



様々な感情に困惑する中、忍人は息を切らしながらに語りかける。


「・・・懐かしいな」

「え・・・・・・?」

「覚えているだろう? 昔、こんなふうに・・・逃げ回った時が、懐かしい・・・」



 ああ、今なら・・・・・・覚えている。
 忘れる、忘れられるわけが無い。
 だって、あれは初めて私が『桜の花』というものを知った・・・あの桜のお守りを貰った日なのだから。


あの時を思い出したら、また自然と泣けてきてしまうから、ただただは無言を守り通した。







「っ!!」


――――――ズドオオオオン・・・!!





しかしそんな二人のささやかな幸せを叩き壊すかのように、ついに大きな追撃が二人の大地を揺らし、どこからともなくやってきたあの死の光が、周囲の森を一気に炎上させた。自然現象ではまずありえないほどの速さで森は蒼く燃え、朽ち果ててゆく。
その勢いに高い木は瞬時にして身を吹き飛ばされ、二人の姿はとうとう明るみに出てしまった。見渡せば、赤色に染まった大きな山を背景にして漆黒の龍がこちらを睨んでいる。見つけた、といったように―――確実に焼き殺すために、ゆっくりと狙いを定めていた。




「・・・・・・っ・・」



二人の脳裏に、あの予言が蘇る。






『目前の者を刃の贄とせよ。さすれば、白き国は永久に神の恵を受けられるだろう』

『大いなる選択の星取夜、この世界を救いたくば、龍神の神子を殺めるのです。さすれば世界は恵に満ち溢れ、流れ落ちた雫をもって神子は苦渋の永劫輪廻から解脱する・・・』






信じたくない、信じられるはずも無かったあの予言は、間違えなくこのことだったのだ。






ようやくが気付いた時、忍人はすらり、と腰の破魂刀を二本、抜いた。
そして片方の刀に、の顔が映し出される。


「・・・・・・・・・・」


勢いを増す炎に照らされた頬は、ちりちりと、痛い。




思い出して見れば、『二人同時に散った伝承』は無い・・・。いつもどちらか一方が死に、その衝撃に一つ前の伝承の記憶が戻った片方が、途切れた伝承を遡らせてきたのだ。とすれば、あの時敵国の皇が言った予言は真実味を増す。




は、差し出された剣を手に取った。



「・・・忍・・・・・人・・さん・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





ごうごうと音を立てて燃える炎が、早く早くと急き立てているようだ。



「・・・・・・・・・・・・・・」



黒い龍は準備が出来たのか再びあの大きな口を開け、喉の奥には赤の炎よりも高温な青紫色の炎が渦を巻いていて今すぐにでも二人をしとめようとしている。
あまり時間はない。名残惜しいが、こうするしか二人にはもう、方法がない。






・・・」






久方ぶりに聞いた、本当の名。中つ国の『ニノ姫』ではない、本当の名―――・・・。










心の中に暖かい光が宿り、はそれに後押しされるかのように柄を握り、忍人の左胸へと構える。剣は扱ったことがないが、確実に命を奪えるようにと、片方の手で柄を握り、もう片方の手で剣の尾を押さえて。
この狂った伝承は、間違いなく自分のわがままで選んだもの。あのはじまりの伝承で忍人という最愛の人間を亡くしてからというものの、彼が生きられるような伝承を作ろうと必死に生きてきた。
しかし、繰り返されるべき秩序を破った代償なのか―――今のような結果になってしまった。

人の世界に希望を見出すことが出来なくなった龍神は、この世界を再び無に返そうとしている。ここで要として生まれ変わり続けさせていた龍神の神子とその彼女が愛した叛逆の徒が死に絶えれば、全く新しい伝承が生まれるかもしれない。
本来龍神の神子は誰にも心を奪われてはならないのだから――――――散々人々を己のわがままに巻き込んでしまったその罪を、今、ここであがなおう。




カチャ・・




小気味良い刃の音が、耳に残る。
いよいよ忍人も刀を構えた。
あとは、あの神の審判が下るまでにこの刃で互いの心の臓を貫けばいいだけ。
破魂刀は何も言わない。今更ながら何故かあの時のように喜ぶこともしない。それは、忍人が自分の『殺意』を―――過去の伝承の自分が、「を殺せ」と警告を発していたのを、理解したからだろう。




「忍人―――・・忍人さん」


「・・・・・・



  何も守れない、誰も救うことの出来ない私だけれど、見つけた。

  こんなにわがままで弱い私だけれど、ひとつだけ守れるものが、あったよ。








天に謳うように、二人は声高らかに言った。







「忍人さん、貴方は私が、必ず――――――」

、君は俺が、必ず――――――」









『ころしてみせるから』







刀を振りかぶり、勢い良くお互いの胸を目指して貫く。同時に吐き出された蒼黒の炎が二人がいた場所を紫に染め、吹き飛ばした。
























シャン―――――――――・・・





大きな鈴の音を響かせて、その光景を見守る者がいた。




白銀に光り輝く立派な角を持ったその馬は、二人がいた場所にほど近いところに降り立つ。するとそこに導かれるかのようにしてぞろぞろと数人の男達が遅れて駆け寄ってきた。


「風早殿、貴方は一体・・・!? そして、これは一体どういうことですか・・・!」


段々とその光が消えてゆくにつれて人の姿を現した風早は、布都彦の問いを聞くことなく、二人のいた場所に急いで駆け寄る。
あの二人が消えては駄目なのだ。あの二人が消えては、この世界は繰り返しの要さえ失い均衡を失い、まもなくこの世界そのものが崩壊を始めてしまう―――・・・。
焦って一刻も早く安否を確認したいところだが、短くなった林の木に纏わりつく炎が邪魔をする。走るごとに炎が己の服に散って燃え移るが今はそんなことよりもやらねばならないことがある。最早手遅れかもしれないが、それでもこの世界の希望―――人の希望、自分の希望を失うわけにはいかないのだ。


「っ・・・熱」


しかしそんな風早を嘲笑うかのように、炎の海は彼を飲み込もうとしている。これでは自分があの一際燃え盛る場所に到着する前に自分が死に果ててしまうかもしれない。
そう彼が焦った途端ぐら、と身体が揺らぎ、足が何かによって動かなくなってしまった。眩しい足元に目をやれば地盤のゆるくなっていた地面に足が飲み込まれている。しかし彼がもがけばもがくほど深みは増し、動くことさえままらなくなってくる。せめてもう一度麒麟に姿を変えることが出来たら・・・そう思うが黒龍の執拗な攻撃に、もうその体力は残されていないようだ。ならばこの身で、早く、早くと願ううちにも炎が身体を這いあがりついに皮膚を焦がし始めた。
もう駄目か――――――そう思った時だった。






「グ・・・グゥアアアアアーーーー!!」




「!?」



炎を縦横無尽に吐き散らし、破壊の化身の如くこの世界を壊そうとしていたあの黒龍が苦しみの声を上げている。
足元から目を上げて、龍のいる方向を見てみれば、そこには―――・・・。






「・・・ななな、なんだぁ、アレ!?」




上空から風早を追っていたサザキも目を丸くした。





一際蒼く炎上している―――先ほどと忍人がいた場所には神々しい光が降り注ぎ、目を瞑りたくなるくらいの眩い閃光がそこから一直線に放たれていた―――あの地獄のような色を纏った黒い龍にむけて、迷うことなく。
太陽のようなあたたかい光に、黒龍は身を捩って抵抗をしようともがくが、その光はいっこうに衰えることを知らない。




「・・・っ、炎が・・・!」



同時に光は拡散し、天から降る。まるで黄泉の国に降る光の雨のようだ。
それが風早の背丈まであった炎に覆いかぶるように優しく降って、光が地面についてその輝きを失うと同時に、炎も消え去ったのだ。




「グ・・・ゥゥアア・・・! お・・のれ、白きもの・・邪魔をするか・・・!」



輝きに耐え切れない、といったように血色の目を手で押さえるようにして、ついに龍はその身を翻した。
そして天に、おどろおどろしい声がこだまする。






「弱きに頼りし禍津星・・・そして白きものの選びし神子・・・! 汝らがいかに世界を存続させようと最早審判は下った・・・!
 我は復活す・・・近き日のうち、この豊葦原は涅槃寂静の世へと帰すだろう」






長い尾を引きずりながら、漆黒が覗く雲の割れ目に黒龍―――輝血の大蛇は向かってゆく。
そして一際大きな雷鳴が轟いた後、ついにその姿は消えてなくなった。









出雲、筑紫、熊野、高千穂――――――・・・すべての地、豊葦原に、優しい恵を讃えた光の雨が降り注ぎ、その恩恵を受けた大地はまたたくまに生命力を取り戻してゆく。
枯れていた草はその瑞々しさを取り戻し天を向き、干上がっていた川や泉には光の雨が満ち溢れ、氾濫していた川へ逃れていた魚が戻ってきて、かろうじて命を繋いでいた数々の種はその未来を救われた。次第に荒野は碧の色彩で豊かに彩られ、小鳥は暗天の中高らかに囀る。
病床に臥せていた人間もけろりと立ち上がり、皆、空を見つめた。
大人たちが唖然と暗黒から光が降ってくる天を仰ぐ中、珍しいこの光景に興奮した子供達の無邪気な笑い声が響く。












「そうか・・・、忍人―――貴方達はとうとう、気付いたのですね・・・・・・」










死の灯火は消えうせ、割れた天からは何よりも壮美な晴天が覗く。光の雨を浴びながら、風早は天にその恵を捧げ続けている光の中心を見つめた。




至極穏やかな瞳で―――



まるで幼子のように抱き合って泣きじゃくる二人を、見守った。



























二人の手には、もう、お互いの命を奪う武器はない。








ただ、あるのは、





ただ、願うのは――――――。







『生きて』でもなく、『記憶の存続』でも、ましてや『共に散ること』でもなく・・・唯、












「ただ・・・・・・生きたいんだっ・・・・・・ふたり、ともに―――――――――・・・・・・」



















   『(生きたいと、望むこと・・・・・・。)』


























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ということで連続3話UPの今回。いかがでしたでしょうか。




『ちゃんと死ねていないのに、ちゃんと生きられるわけがない』




その言葉をただテーマにして、ここまで書いてきました。そのたった一つのテーマを、上手く皆さんの心にお届け出来たか・・・だたそれだけが心配です。
ああ、このシーン、一体何ヶ月の間ずっと書きたがってたのでしょう・・・けど書き始めたら何故か筆の進まないこと。笑

ゲーム本編でもそうですが、忍人はいつもいつも「君が生きてさえいてくれれば」とか言いますよね。でも、それはどうなの?って思った方は私だけではないはず。
でもきっと、忍人を守ろうとしても彼はそれを良しとしないでしょうし、だからといって王としてふんぞり返っていてもそれはそれで、駄目です。
なので、今回私なりに幸せの伝承を考えた時―――こんな起承転結のプチ「転」を思いつきました。一応、今までのお話で出てきた伏線の大半は回収できたのではないかと思います。

例えば・・・(ここからは伏線の解答例(あくまでも、例なので正解ではないです)が反転で載っています。ご自分のイメージが固まっている方はどうかそのイメージを大切になさって、この解答はどうか読まないでください・・・!)


・第三話。の涙―――再びこの世界に戻ってきたという複雑な心境をどことなく感じている
・第三話〜忍人の初登場シーンでの、への攻撃からはじまる、幼少期〜現在のに、近づけば近づくほど増してゆく『殺意』―――これは過去の伝承の忍人が『と共に散らなければならない』という警告を発していたため。
・第四話。の脳裏に浮かんだ言葉。―――過去の伝承のの意識が憑依した。
・何もかもを知っているような柊と風早―――柊も風早同様、『螺旋伝承』に深く関わる一族なのでぼんやりと全貌を知っている。風早はもっと確信を持って全貌を知っている。そしてふたりとも忍人との仲は裂けることはないと自覚している。
・第五話。忍人の夢。―――今回の16、17話で明かされた、本編より一つ後の伝承にて弓に倒れたと、忍人の当時の記憶そのもの。
・第五話。破魂刀への恐怖。―――忍人は最初の伝承〜前回の伝承までに何回か破魂刀により死去した。そのことをおぼろげに覚えているの意識が警戒。
・「がしたいこと、忍人が望むこと、二人が願うこと」―――数々の伝承で死に絶えた二人。今回の伝承になって二人は記憶を失っているが、したいと願うことはいつも「人々をただ救うこと」ではないのは感じている。本当の願いはそれに上乗せして、今回明かされたとおりの事実。
・「皇とエイカの予言」―――と忍人の伝承をおぼろげに知っている二人は、第六感的に『二人が同時に死ななければならない』という新たな、幸福に繋がる伝承を予言した。
・第九話。の不可解な発言。―――ゲーム本編(この話における「はじまりの伝承」)においての二人の会話。本編では破魂刀が大切なものという発言は堅庭であったが、今回この伝承においてはその話をしていない、すなわち、はじまりの伝承が記憶に残っている。
・第十話。柊の「貴方は今幸せですか」発言―――おぼろげながら柊は「はじまりの伝承」でが忍人を失ったことを知っているため。
・第十一話ナーサティヤの慈悲。―――橿原宮陥落時の慈悲+この悲しみの伝承の伝播が(完璧にではないが)いち早く伝わったため。
・守れない自責―――過去の伝承の自分も、大切なものを守れなかったという自責から。
・第十三話。呆けた。―――過去の伝承のが、忍人同様、『警告』に身体を突き動かされたため。はあの夜、全てのものを神力で眠らせ、忍人を殺めるためにやってきた。
・命の重さの自覚―――は忍人の命一つさえ守れないことの重さを本能的に知っているから。


―――ざっとあげてこれだけですかね(少ない・・・)



さて、これからはついに今までの伝承全てを思い出した忍人とのお話になってゆきます。ここからの流れは比較的早くなると思うので、いままでよりも表現に拘っていきたいかな、と思っています。
しかし―――先ほども書きましたようにまだ「プチ『転』」なのです。中にはお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが実はまだこのお話、肝心なところがわかっていません。
これからの謎は以下です(これも読みたいと仰ってくださる方だけ反転下さい)



・忍人の夢によくでてくる「少年」と。桜の夢の真実とは一体何なのか?
・幼少期のを殺せといっていたのは一体誰?
・第九話橿原宮陥落回想時、忍人が逃げろといっていたのは一体何故、一体誰のためにいっていたのか?
・何故二人は殺しあったはずなのに黒龍を退けることが出来たのか?
・狭井君の差し出した密偵の目的は?
・何故今回の伝承では一個前の伝承だけでなくすべての伝承を思い出すことが出来たのか?
・そして、何故周りの人々もうっすらと伝承の記憶があるのか?
の聞いた「歌」を歌っている者の正体



などなど・・・あります。これから組み込む予定のものも含めたらもうちょっとあるんじゃないかと思います。


さて、今回はやたら長くなったので、ここらへんで。
絶対誤字脱字あるので、見つけられた方は右のメルフォからどうぞ知らせてやってください・・・!



では。






10:00 2009/02/20