第十四話「恐れを知って」
こつり、こつり。
この石畳に踵は高い音を立てる。
ただし、出来る限りその音を抑えて。
「狭井君様、何用に御座いますか」
自らに傅く三人の兵士。黒い服を纏い、軽装だが、どこかその眼差しは機械的で凍っている。
なんとも信頼の出来る徒だった。
「未来の王となられる方がこちらに向かっておられます。 まだ姫はお若い・・・・・・万が一の為に、です」
声を潜める様子、硬い表情を伺えば、何やら重大なことを任されるのだということが分かる。
ごくり。
兵士の喉が鳴った。
「今すぐ宝剣と、その対となる勾玉を探しにお行きなさい」
<「再臨詔」 第十四話「恐れを知って」>
一体自分の肩にはいくらの重みがかかっているのだろう。今まで自覚はしていたつもりでも、やはりそれは 「つもり」だったのかもしれない。頭では知っていても、身体がついていかない。それは理解には程遠い。
あの少女の母親の怒りの叫びがまだ反芻する。
『―――前から思ってたんだよ。
あんたたち、本当はただ悪戯に戦争をしたいだけじゃないのかい!?』
の肩にどっしりと、人の生暖かい重さがのしかかった。
でも―――・・・。
「・・・・・・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
靄のかかった頭はひとまず置いておいて、無理に集中する。風早が諭すように余計なことを考えず、このまま 軍会議に没頭してしまえれば―――・・・どんなに楽だったことだろう。
自分の口からなにやら感情のいまいち乗り切れていない白い言葉が出て、その言葉に皆は騙される。こうやって 張り付いた笑みを浮かべて、方針を述べれば。しかしかつて正しいと信じていたこの「皆を助けるために神々の力を得る」 という迷い無き意思も、口から出た言葉が再び耳に入った途端、今は綺麗事に聞こえた。
なんて白々しいことを言っているのだろう。
私は弱い。『王族』というだけで、龍の加護も受けることが出来ない。
私は脆い。たった一人の言葉にこんなに胸が動揺している。
私はずるい。皆を守ると綺麗事を言って、犠牲だけしか出していない。
ああ―――・・・・・・なんて無力で、浅はかなことか。
だから――――――あの人にも見捨てられてしまうんだ。
天鳥船が出雲へ降り立ってからというものの終始、は上の空だった。敵地の真っ只中に降り立ってしまった
自分達は身分を隠してこの国の領主、若雷シャニの元へ赴き、神の鎮座する磐座のことを聞き出さなければならない というのに。そのことについてなにやら布都彦が過剰に反応し、その様子に那岐があきれていたが、それを楽しそう に笑う声にもどことなく哀愁が漂う。の涙の理由を知っている風早はそんな彼女の後ろで常に励まし、何度も これから行くべき場所のこと、これからの計画を話してくれた。嫌がるそぶりひとつ見せず。もう一人の涙の理由を 知る者は、の方を一切伺うことはなかった。
そうして歯車のかみ合っていない不協和音を立てながら物事は淡々と進んでゆく。の意思など放っておいて、
まるで何かに導かれるようにして。幸い、あれだけ危惧していたこちらの正体も、シャニの勘違いによって事なきを得て、 更に磐座の場所も、その場所には祭りの日にしか行けないこと、今は祭りが開催できないこと―――・・・。
齢十七の一人の少女の凍った心を無視するかのように、物事は淡々と。
しかし、翌日―――シャニに何故祭りが開催できないのかということを伺いに再び夜見へと出かけた時だった。
シャニはなにやら仕事をしている最中らしく、帰りが遅い。シャニ邸の応接間で朝からずっと待たされていた一行は、その暇を 持て余していて・・・変化に素早く気がついた。どうやら応接間の外ががやついているのだ。
―――その一行の中には、勿論「あの」忍人もいて。
見て来ましょうという布都彦の言葉を押し切って、これは好機とばかりには一目散に外へ出た。だが、この選択は
今になっては悪いものだったかもしれない。
「・・・おや」
「!? あっ、あなた・・・どうしてここに」
の目の前が真っ青になる。
確かに目的の人物のシャニはいるが、その奥に佇んでいるのは、がっしりとした体格に異国造りの豪華な鎧。そして帯剣した その風格は高貴とも思える―――あの、常世の国のアシュヴィンそのものだった。
その姿を認識した瞬間、靄がかかっていたの頭は急に冴える。
どうしよう、戻って今すぐ仲間に敵の存在を知らせようか、いや、でもこの距離では逃走したと知れた瞬間剣戟が飛んできて しまう。だが、見つかってしまった以上、この場は退くべき―――そう思って、半歩身を引く。
「どうして? 兄が、弟のもとを訪ねるのがそんなに不思議か?」
余裕綽々といった声音。の脳裏にアシュヴィンとナーサティヤ、二人と対峙した時が蘇り、その鋭い眼光に思わず足が すくんでしまう。いけない、すぐにでも仲間に知らせに行かないと、皆が危ないというのに―――。
「なんだ、二人とも知り合いだったんだ」
なら紹介は必要ないよね、と高らかに微笑するシャニを目に留めながら、もなるべく彼にだけは気付かれないように唇を
歪ませる。
「ねえ、兄様。 兄様はお姉ちゃん達の芸を見たことあるの?」
「芸・・・? ・・・なるほど、そういう趣向か」
どうしよう、このままでは本当に正体をばらされてしまう―――最早逃げ場はない、そう覚悟して弓を手に取ろうとした時だった。
「シャニ、この娘を借りるぞ」
「ええっ!?」
素っ頓狂な声が廊下にこだまする。そして直ぐには気がつく。
まさか―――まさか、一人になったところを狙ってくるのではないか。だとすれば、こちらにも好機が出来る。お互いに一人に なったところで、刺し違えてでもアシュヴィンを討つことが出来れば・・・そうすれば、仲間達もきっと喜んでくれるだろう。
は一旦手にかけようとした弓から手を除けた。
「えっ、そんなのダメだよ。お姉ちゃんは、僕に会いにきてくれたんだから」
「この娘の用件なら、付き添いの連中のほうがよほどうまくこなすさ」
シャニは「でも・・・・・・」と不服そうな色をその大きな瞳に浮かべて兄であるアシュヴィンを恨めしげに見上げてみるが、 当の本人であるという少女が何やら兄に話したいことがあると言われてしまっては。しゅんとうなだれた童の頭(こうべ)に すまない、と思いながらもアシュヴィンはそれでも今、彼女について知りたいと強く思ったのだ。
この可憐に見える少女が何故、そんなに生き急ぐのか、そして何のために戦乱に身を投じるかを。
幸いあの少女も上手く演技をしてくれている。ひとまず騒ぎにはならなそうだ。
アシュヴィンはの思惑も知らないまま、道後山へと足を進めた。
***
・・・おかしい。
絶対に、おかしい。
何故敵国の皇子と私は一緒になって歩いているのだろう―――。
あの後、ふたりきりになってもアシュヴィンは剣を抜こうとはしなかった。どうやら本当に別に何か目的があって自分を誘った らしい。それでも、「万が一のとき」に何かあってはいけないから―――いつでも天鹿児弓が手に取れるようにと手に神経を 集中させておく。
なにやら山道に入って行くようだ。どこに向かうかは教えてくれないが、無駄な争いは出来る限り起こしたくないので黙って ついていくことにする。
すると、ぴたりと彼の足が止まった。さあ、どんな逃げ場の無い山中に到着したのだろうと思って周囲を見渡してみれば、 予想は外れ―――そこは無数の笹百合が地面を埋め尽くしていて―――。その白い花の花弁はそれぞれひとつも余すことなく 夜月の青い光を反射していて、中には光を宿しながら舞い上がっているものもあって、まるで幻想を見ているようだ。
その壮美な景観に、ただ言葉を失うしかなかった。
「気にいっていただけたなら幸いだ。こんな遠くまで連れ出したのだからな」
「こんな場所があるなんて知らなかったわ」
「人の立ち入らぬ場所だ。だからこそ、これだけの花に満ちている」
夕日は西に沈み、蒼黒の闇と光を放つ笹百合だけがその場を彩る。人の手の入っていないこの原生の自然が支配する世界は なんとも綺麗で―――同時に、なんて寂しい場所なのだろう・・・そう感じずにはいられなかった。
「どうしてここには誰も来ないの・・・?」
「ここは忌み地だ。古の龍の毒気が呪詛になるという」
「えっ?」
途端、蒼穹の瞳が大きく見開かれた。そんな場所に連れ込んで―――やはり、この男は自分を貶めようとしているのか。
そう思って、は離れていた弓へと意識を集中させるが。
「ク・・・ッ。 ハハッ、そう警戒するな。ただの昔話さ」
「な・・・! からかったの?」
高鳴る心臓を悟られるのはなんだか悔しい。出来るだけ呼吸を整えて、アシュヴィンを睨む。するとすぐさままた真面目な 顔になって彼はその真紅の瞳でどこか遠い場所を見つめながら言うのだ。
「今はなんの穢れもない。 だが、ここは龍が現れ消えた、伝承が残る場所だ。それは嘘じゃない」
「ここで・・・中つ国の最初の神子が龍神を召喚した・・・」
「そうらしいな。 赤い目の大蛇を神子の力で消し去った。 ・・・知っているか? 常世ではその話はこんな風に伝わっている」
遙かな昔、神子はこの地で龍に祈った―――それは同じ話だ。
だが、国を救うために神子は犠牲となってその身を捧げたのだという。
自分が聞かされていた中つ国の伝承とは違う。確か神子は犠牲になって・・・という件はなかったはずだ。
神子は龍に祈りを捧げ輝血の大蛇を消し去り、そのまま消息をたったはずだ。
「神子が・・・・・・犠牲に? それは本当のこと?」
「言っただろう。ただの伝承だ。 真実など、長い時の中に消え去ったさ。 だが―――中つ国でも神子は天に帰った・・・消えたと言われているのだろう?」
「・・・・・・」
「お前が龍神の神子だというなら、何か知っていると思ったがな」
その問いかけに、胸に再び暗雲が立ち込める。
痛みに泣き叫ぶ少女、なにも出来ずに立ち尽くす自分、激昂し落胆する女、押し殺す悲しみ、どうしようもない怒り、 自責・・・。
大層なことを言っておいて、大層な血を引くくせして結局は何も出来ない、自分。
「わからないわ。・・・私には龍の言葉が聞こえるわけじゃない。 普通に伝えられていること以上は、何も」
そんな複雑な思いを汲み取ったのか、アシュヴィンはもうその件については触れてこなかった。
「お前、龍神は存在すると思うか?」
「え?」
「龍の眷属の加護を集めているのだろう? 龍の力があったとして、お前はその力で何を望んでいる」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「単なる好奇心さ。 巫の力が大きな意味を持つ国とはいえ、軍備の増強より神々の力を求めるのは不思議じゃないか」
「それは・・・・・」とは返答に口ごもる。確かに、「戦乱に巻き込まれる皆を救いたい」という気持ちは有れど、 先日感じたようにそれはあまりにも白々しくていまいち言葉として信頼できるものではない。
だとしたらどうして自分は戦う?この世界に柊に召喚されたから、そして王の血を引くからといって戦に身を投じる以外 にも生きる道があったはずだ。それなのに、何故あえて危険な道を選んだのだろう。
明らかに戸惑うを尻目に、アシュヴィンは問をやめない。
「まして神の力など伝承の中ですら万能じゃない。
龍神を呼べば、神子が消える。 ――――――それを知ってなお、お前に神子であることを望む者は、お前の味方か?」
まっすぐに見つめる深い赤の眼光は、をひきつけて止まない。光は鋭く、まるでこの迷いぐらついている心が見透かされて しまうのではないかと思うくらい。だが、どこかその色は野心にぎらぎらと燃えたものだけではない―――・・・
・・・憂いを帯びた色をしていたから。
「お前は王族だ。 存在に価値があり、お前の価値は利用できる」
「利用だなんて・・・。 みんなはそんなふうに思っていないわ」
吐き出された否定の言葉に以前の強さは無く、ひどく呟きに似ていた。
利用するためだけに自分に付き従ってくれている者などいない―――そう思う心に二心はない。だが、そう思ってくれて いるからこそ、今は歯痒く辛いのだ。その思いが、どうしようもなく胸を締め付ける。
「利用という言葉は好かないか? 戦に大儀は必要だ。悪意があろうがなかろうが、お前を旗頭にすえた人間はそれを重々承知だろうさ」
そうなのだろうか・・・。
頭に風早や那岐、サザキ達の顔が過る。そして溢れそうになる悪い考えと反発する僅かな期待に胸が苦しくなって、ぎゅ、と 拳を握り締めた。
「常世の国も沈みかけている。 熟した果実が腐り落ちるように、醜く崩れようとしている。 それでも皇の指一本で万の軍勢が動く。 お前たちの今の武力では、勝つことは難しいだろう」
「ここに連れてきたのは手を引けというためだったの?」
「お前が自分の意思で、常世と戦うというなら止めはしないさ。だが、おまえ自身が望んでいるのか知りたかった」
「なぜ・・・・・・そんなことを」
また何か確固たる目的があって尋ねるのだろう。そう思っていたが返って来た返答は意外なものだった。
「・・・・・・なぜだろうな」
そしてふと屈んで、野に咲く笹百合を一本手折る。
「お前はそうして花の中にいるほうが似合っている」
「――――――」
「戦で死ぬ姿をできることなら見たくはない」
自分の髪、編んであるその場所に笹百合を飾って、アシュヴィンは優しく微笑む。その微笑があまりにも人らしくて、 身動きひとつとれなかった。いけない、相手は敵国の・・・自分の命をも容易く奪うことの出来てしまう人間だというのに。
それなのに、そのどこか切なげな瞳に何もすることができないなんて。
「それなら・・・それならあなたはなぜ戦うの? あなたにも何か、守りたいものがあるの?」
やっと発せた言葉も、あまりにも不器用で必死で、人らしかった。
久々に耳にした自分の声に、は少し安堵を覚えた。
「驚いたな。 そう返されるとは思わなかった」
「・・・・・・」
「そうだな・・・・・・・・・あるよ」
そして月を眩しそうに見つめる彼の顔も同様で。
敵なのに、敵であるはずなのに―――強く思う。
「そんな顔を何故今、するの」と。
「決めてしまったことがある。 俺は常世の国を変える。 得体の知れぬ病に蝕まれていくあの国を――――――」
何も言い返せなかった。また当たり前のことに気付かされたから。
敵国であるからといって下賤な考えをしているなど差別したことは今まで無いが、こんなにも相手は考えている。自国の行く末、 民の為に自らの果たすべき使命、それだけでなく敵国中つ国の姫である女の定めの不条理ささにさえ―――。
それに反して自分は・・・一体何を考えていると、一体何を守れると、はっきり答えることができるのだろう?
「さて、もうそろそろ帰らねばな。 ―――行くぞ、あの仰々しい船まで送ってやる」
国を守る、民を幸せにする。そう思う心は彼と変わらないはずなのに―――あまりに次元が違いすぎるような気がして。
自分に対する情けなさと反比例するかのように尊敬の念すら湧き上がってきてしまう。
「どうした?」
「あっ、ううん・・・」
黒雷アシュヴィン―――この人は敵。いつかまた戦うことになるだろうというのに。その時に、また自分は以前と同じように、 素知らぬふりをして弓を放てるのだろうか。
・・・不思議な人物だ。こんな辺鄙な場所に連れてきて、すっかり戦うことになるのかと思いきや、この世界の未来を憂いたり 自分の心配をしてくれたり。
『お前はそうして花の中にいるほうが似合っている』
『戦で死ぬ姿をできることなら見たくはない』
敵である相手に温情をかけるその目は、炎雷と対峙した出来事をまるで嘘のように仕立て上げるようだ。これも策略のうち なのだろうかと勘ぐってみるが、あの真摯な声音を思い出せば疑っている自分を恥じてしまう。
目の前にある大きな背中に申し訳なくなって次第にしゅん、と項垂れてしまう。地面を見つめていれば、偉大な彼が目に入らず に済むから。
「―――!!」
「わっ、な、なに・・・?」
そんなことをしているうちにアシュヴィンが急に立ち止まった―――前を見ないようにしていたは無論その背に
顔をぶつけてしまう。
一体何があったというのだろう。荒魂だろうか。
「? あの人は・・・」
視界を塞いでいる背から顔を覗かせてみれば、薄暗い山中の脇で、一人の老人が腹を押さえて苦しんでいるではないか。
「だ、大丈夫ですか!? 苦しそうですけど・・・・・・」
「おお・・・優しい娘さんよ。 すまぬが・・・水を・・・水をくれんか?」
「えっ・・・。 は、はい」
老人に駆け寄って、言われるがまま腰に下げていた竹筒を渡す。すると待っていましたといわんばかりに奪うようにそれを 引ったくり、音を立てて嚥下する。そのまますべて飲まれてしまったようだが、夜で気温も高くないことから喉が渇くこと もまあ無いだろう。
それより、老人が心配だった。
今まで下を向いて息を整えていた老人はゆったりと首をもたげ、を見上げる。
「娘さん、ありがとう・・・。 さあ・・・もっと・・・近くへ・・・」
瞬間―――アシュヴィンがに向かって叫ぶ。
「その男に関わるな!」
「えっ? でも・・・」
皺の折りたたまれた額には脂汗をかいて、口からは泡が零れて・・・こんなに苦しそうにしているというのに。
「その男は、荒魂だ」
「荒魂? ・・・この人が?
でも・・・人間よ? 人が、荒魂になるなんてそんなことが・・・」
アシュヴィンの凄まじい殺気にたじろぐだが、ここを離れて良いものかどうか分からない。第一、そんな事例は
聞いたことが無いのだから。
「理由はわからぬがまれに人でも荒魂となる者がいる。一度、荒魂になった者はどうすることもできない・・・。
荒魂になった人間を、救う手立てはないんだ」
そんなまさか、と思うが、目の前で苦しんでいた老人はみるみるうちに姿を変えてゆく。まるで地獄の闇のような 暗い煙が身体に飲み込まれてゆき、骨はバキバキと音を立てながら変形を始める。全身の皮膚は剥け、肉塊となって 今にでも化け物へと変貌を遂げようと蠢いている。
そしてその恐ろしい形相には似つかぬ、聞こえる怨嗟と悲しみの声―――この、荒魂に落ちた人間の心の叫び声が耳を劈く。
『憎しみ渇望することすら飽きてしまった。ただ今は心の臓が切り刻まれるように痛い、苦しい、お願いだ、助けてくれ―――』
痛みに泣き叫ぶ少女、なにも出来ずに立ち尽くす自分、激昂し落胆する女、押し殺す悲しみ、どうしようもない怒り、 自責・・・。
その叫びがの心を動かす。
「そんなの・・・やってみないと、わからないわ!」
老人―――だったモノ―――に両手を広げ、苦しみを受け入れようと心の声に耳を傾ける。
「普通の荒魂は鎮められたのだもの、人だって・・・!」
そう、自分は龍神の加護を受ける王族の血を引く者―――・・・神子と謳われる資格を持つのだから、出来る。
大丈夫、人々を憂う心に嘘なんてない――――――だからどうか、この荒魂を救って。
ふしゅうううと、不気味な紫色の呼気を吐き出して、とうとう老人は荒魂と化し異形の人間の姿で無防備の
に襲いかかってくる―――。
その中でゆっくりと瞳を閉じて、心を研ぎ澄ませる。
「大丈夫、天秤は見えるわ!」
「うっ・・・く・・・ぐぐ・・・」
まるで心を見られたことにより苦しむかのように走る速度が遅くなる―――は確信してそのまま透視を続けた。
「わかるわ。枷につながれた痛みが・・・」
どうして・・・・・・どうしてこんなにも冷たいのだろう。まるで人の心とは思えないくらい無機質で、耐え切れない静寂に こだまするのは怨嗟と悲哀、憤怒、絶望の不協和音。真っ暗なこの孤独で、この人の心は雁字搦めになってしまっている。
どうか、どうかこの檻を打ち破る力を。
「お願い、どうか私の声を聞いて!」
だがしかし――――――必死に訴えかけるをせせら笑うかのように、荒魂は再びとの距離を縮めてくる。
「もう止せ! 無駄だ! お前・・・無傷では済まないぞ!」
あと少しで―――あと少しで心に届きそうだ。
闇の中で一人ぽつんと立っている、さっきの老人の姿が見えた。
もうこの手を伸ばせば―――心の天秤が傾く。
私は、龍神の加護を受ける龍神の神子―――。
私は―――誰かを守れる!
『―――前から思ってたんだよ。
あんたたち、本当はただ悪戯に戦争をしたいだけじゃないのかい!?』
「―――――――――!!!」
目を開けたの目の前にいたのは、正気を取り戻した老人ではなかった。
そこにあったのは赤い、赤い色―――・・・。
ぱたたっ、と、音を立ててその暖かい液体は頬に散った。
「荒魂を救うことなど・・・・・。
一度、魔に心を奪われた者など、救うことは出来ないんだ。 たとえそれが――――――」
龍神の神子であったとしても・・・。
ああ、何故。
何故・・・この腕は誰も守ることが出来ないのだろう。
無力な手は宙を彷徨い、どこへもつかまることは出来ない。
でも、それでも乞い願ってしまう。
この脆弱な手でも届く限り、守れるものは全て守りたい、と。
そう思い、願う、その心は罪だと――――――そう仰るというのでしょうか。
私を龍神の神子として選んだなら、答えて。
答えて・・・・・・
未だ見ぬ 名前も知らない、かみさま。
続
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なんというアシュちひ。久しぶりの連載更新です。 いかがだったでしょうか。
アシュヴィンの格好よさがあまり前面に押しでなくて でなく私自身へこんでいますが、まああとは脳内補正かけて くだされば、と思います(投げやりだな)
アシュヴィンは皇子たる者として、それに反しては一人 の少女として、そして急に戦に迷い込んでしまった少女と して・・・を意識して書いてみました。だからアシュヴィンが おっさんくさくなってしまいまs(ry
実はここ、老人を助ける話で最初プロット立ててました。
ですが―――王たる者というのは「本当に」人の命を預かる 身だというその事実を知ったは、本当に迷うことなく彼を 救うことなどできるのだろうか?
そう思ったので、急遽プロットを変更しました。
助けたとしても心理面で私的に結構楽しい話が書けるのですが、 ここは助けられなかったとして―――後にどう繋がってくるのか。
そこを考えたらこっちのほうがウマーでした。
老人、かわいそうに(つд`)
因みに、題名の最初のタイトルは「驕り」。でもは驕った のではなく、自分に自信の証拠がなかったから―――血に自信の 証拠を求めてしまったから―――その代償として、無力を更に 知ったのです。
もう、なんというか、このは可哀想な境遇真っ只中ですね。
はやく〜〜〜幸せにしたい。
そして将軍をもっと出したい!(今回はセリフすらなかったorz)
ですが―――いよいよ、次回!です。狭井君も出てきたことだし。
次回・・・転機です!(多分)←
そうじゃなくても、16話くらいまでには転機、そして伏線回収 第一期です。うおおおお み な ぎ っ て き た wwww
また更新再開しますので、ご期待いただければ嬉しいです^^
琴
6:45 2009/02/02