「しあわせを、あなたに」




桜が、散る。

陽光を受けては、その光りを反射して


淡い、淡い…


灯(ともし)を上げてゆく。



照らしたのは、なによりも祝福された筈の橿原宮の廊下。


空は濃く、晴れすぎた蒼をたたえ、喜びの産を謡っている。
なによりも深く、深く、しかし透き通った――――…。











[ しあわせを、あなたに ]








  ぽ  た  り  。







ふと、空からその色とは正反対の真紅が弧を描いた。



重たく、何かどっしりとしたもの・・・そう、たとうなら肉塊の詰まったものが
重力に逆らわずに「どさり」と落ちる音。


それに重なる
傷つき狭くなった器官から漏れる、醜い、呼吸をする音。


その者は、身をずたずたに切り裂かれながらもまだ、必死に酸素を取り込もうとしている。


そんな姿を見せ付けるかのように、黄金色の二の太刀はその身に彼を宿し、嘲笑(わら)った。


その男は、何も、言わない。


言わずに、ただ、遠い遠い天を見上げて、何かを掴むかのように手を高みに伸ばす。


だが、叶うわけもわけもなく、
どさりと力なく血染めの地に堕ちる。


己の身体がこんなに重いものだとは思わなかった。

己の身体から真紅の血液が無くなってゆくのを感じる。

それでも、生きよう、生きようと

酸素の循環は止まらない。






・・・ひら、ひら・・・




・・・ふと見れば、陽光とも見紛う色が死にぞこないの身に降り注いでいた。
黄金に輝いたかと思えば、次の瞬間淡い桃色が柔和な光を濁った目に刻む。
いつから降っていたのだろう。無数に、絶え間なく降る。


その光の僅かな影に、眩暈を覚えるほどの夢を見た。


血が抜けて霞んで、霞んでゆく瞳で必死に、
凝らして、凝らして・・・。




天から舞い降りる残光が見せる幻想が、彼に最期の力を与えたのか。







「       」






男は叶わぬ想いを口にした後で、静かに、ただ、静かに、呼吸を止めた。







その顔は、その男がようやく戦から解放された時の安樂の表情を、誇らしさと共に、たたえて。















「それでは陛下、次は詣での件(くだん)の会議のため、場所を移しまして―――」


静寂の満たす木製の廊下に、二、三のやわらかな足音と、高らかな声が混じる。


ふと、うち一つの足音が軋みを止めて、
その者が蒼の瞳を大きく明けた。


澄んだ泉より遥かに透き通った、玉のような蒼い瞳に、紅い紅い河が架かる。



「陛下?何か――――……っ!」






何故だろう?




人の生とは
幸せを掴んだそこから零れ落ちる。
人の生とは
一切皆苦の永劫輪廻なのか。
人の生とは
ほんのささやかな幸せをかみ締め味わうものではないのか。


国を築きあげるとは、それほどまでに罪悪なのか。

平穏を築くために死を求めた。

それほどまでに、卑しい行いなのか。



一体、






「一体・・・・私は・・・・・・」






< 何 を 、 護 り た か っ た の だ ろ う >



後悔の懺悔は無謀にも空には届かぬ、


怨嗟の慟哭も声にはならぬ、


この想いは、久遠に、叶わぬ。




幾度死を重ねようと・・・

いや、
星霜の骸で天に橋を架ければ、
貴方に逢えるのだろうか。





・・馬鹿げた願いだ。
だが、やりきれない。



「つめたい・・・」



安堵の表情を讃える命無き骸を抱きかかえ、真紅の泉を愛しく泳ぐ手
触れるものは全て、恐ろしく冷たかった。



「死を看取ることも赦されず・・・
 人間本来の性を掻き消し・・・
 邪魔になったら途端に灰燼に化す・・・」


焼きつく感情のうねりに涙など出るわけもなく、
ただ少女は天を睨み上げる。


「そんな世界なんて、いらない」


震える瞳に、激昂の声音で蒼天を射る。


「神威よ・・・
 魂まではくれてやるものか」




二刀が、あざ笑う。




「私は、お前たちを・・・赦さない・・・!」





桜が、散る。

陽光を受けては、その光りを反射して


淡い、淡い…


灯(ともし)を上げてゆく。



照らしたのは、なによりも祝福された筈の橿原宮の廊下。


空は濃く、晴れすぎた蒼をたたえ、喜びの産を謡っている。
なによりも深く、深く、しかし透き通った








飽くことない常闇の永遠歌を、高らかに謡っていた。










  了







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いや、こういう独白的?詩的?な文体が好きなんでちょこっと書いてみました。
某●浜線内でこそこそ!!←爆

今回のSSはそれにちょこっと肉付けをしてみたんですね。
こういう文体って想像を読者さんに委ねられるぶん、こちらが伝えたい最低限のイメージを少ない文章で
伝えなきゃならんので結構難しいんですよね。
自分のなかではこういう色とイメージなのに、読者さんに最低限まで伝わらなかったらあんまりイメージ自体
印象付けられないので・・・;

サイト歴そこそこ長いですが、まだまだまだまだだと思いました。
もっと精進致します。

って、ああ、そうじゃなくてですね、このSSについて話そうよ自分。

時間軸としてはもう皆様お分かりの通り、忍人の書ED後〜その後の話になってます。
凄くキレイで、祝福されたはずの世界なのに、大切な人が幸せの絶頂で奪われてしまう
という事実は世界の美しさを「得体の知れない不気味な美しさ」いわゆる不協和音とでもいいましょうか、
そういうものだと思うんです。

幻想的で美しい景色のなか、奪われる、一生懸命生きようとする生命と
世界のむせ返るような「シアワセ」を対比させてちょっと不気味な仕上がりになってると嬉しいです、はい。
ちょっとくどかったかな。ううむ・・・。


連載に続くっちゃあ続きますね・・・
この後は既定伝承改変に向かうことになりますから。

絵ともども、まだまだ頑張ります。
ではでは〜


2:53 2008/08/11